折節、秋も夜風いたく、冬の事思ひやりて、身の養生
のためとて、茂右衛門灸やいひ
思ひたちけるに、腰元のりん、手軽く据す
ゆる事をえたれば、これを頼みてもぐさ数捻かずひね
りて、りんが鏡台に縞しま の木綿蒲団を折りかけ、初め一つ二つはこらへかねて、お姥うば
から中居なかい からたけまでも、そのあたりをおさへて、顔しかむるを笑ひし。 跡あと
程煙強くなりて、塩灸しほやいひ
を待ちかねしに、自然と据す え落おとして、背骨つたひて身の皮ちぢみ、苦しき事しばらくなれども、据え手の迷惑さを思ひやりて、目をふさぎ、歯を食ひしめ堪忍かんにん
せしを、りん悲しくもみ消して、これより肌をさすりそめて、いつとなく、 「いとしや」 とばかり思ひ込み、人知れず心地ここち
なやみけるを、後のち は沙汰さた
して、おさん様の御耳に入れど、なほ止や
めがたくなりぬ。 りん賤いや
しかる育ちにして、物書く事にうとく、筆のたよりを嘆き、久七が心覚え程にじり書きをうらやましく、ひそかにこれを頼めば、茂右衛門よりは先へ、恋を我が物にしたがるこそうたてけれ。 是非ぜひ
なく日数ひかず ふる時雨しぐれ
も偽いつは りのはじめ頃、おさん様江戸へ遣つか
はされける御状ごじやう の次手ついで
に、 「りんが痴話文ちわぶみ
書きてとらせん」 と、ざらざらと筆をあゆませ、 「茂も
のじ様まゐる、身より」 とばかり、引結ひきむす
びてかいやり給ひしを、りんうれしく、いつぞの時を見合みあは
せけるに、見世みせ より、 「煙草の火よ」
といへども、折をり から庭に人なき事を幸ひに、その事にかこつけ、かの文を我わ
が事我われ と遣はしにける。 |