男世帯
も気散きさ じなるものながら、お内儀ないぎ
のなき夕暮、一入ひとしほ 淋しかりき。ここに大経師だいきやうじ
のなにがし、年久しくやもめ住みせられける。 都なれや、物好きの女もあるに、品形しなかたち
すぐれてよきを望めば、心に叶かな
ひがたし。侘わ びぬれば身を浮草うきくさ
のゆかり尋ねて、今小町いまこまち
といへる娘ゆかしく、見にまかりけるに、過ぎし春、四条に関せき
すゑて見とがめし中にも、藤をかざして、覚束おぼつか
なきさましたる人、 「これぞ」 とこがれて、なんのかのなしに、縁組を取とり
急ぐこそをかしけれ。 その頃、下立売烏丸上しもたちうりからすまあがル町に、しやべりのなるとて、隠れもなき仲人なかうど
嚊かか あり。これを深く頼み樽のこしらへ、願ひ首尾して、吉日をえらびて、おさんを迎へける。 花の夕ゆふべ
、月の曙あけぼの 、この男、外を詠なが
めもやらずして、夫婦の語らひ深く、三年みとせ
が程も重ねけるに、明暮あけくれ
、世をわたる女の業わざ を大事に、手づからべんがら糸に気をつくし、末々の女に手紬てつむぎ
を織らせて、わが男の見よげに、始末を本もと
とし、竈かまど も大くべさせず、小遣帳こづかひちやう
を筆まめに改め、町人の家にありたきは、かようの女ぞかし。 |