〜 〜 『 寅 の 読 書 室  Part T-X』 〜 〜
中 段 に 見 る 暦 屋 物 語

2012/10/05 (金) 姿 の せき もり (五)

また、ゆたかに乗物のりもの つらせて、女いまだ十三か四か、髪 き流し、先をすこし折りもどし、くれなゐ の絹たたみて結び、前髪、若衆わかしゆ のすなるやうに分けさせ、金元結きんもとゆひ にて はせ、五分櫛ごぶぐし の清らなる し掛け、まづはうつくしさ、ひとつひとついふまでもなし。白繻子しろしゆす墨形すみがた の肌着、上は玉虫色の繻子しゆす に、孔雀くじゃく切付きりつけ 見え くやうに、その上に唐糸からいとあみ を掛け、さてもたくみし小袖に、十二色の畳帯たたみおび 、素足に紙緒かみを履物はきもの浮世笠うきよがさ あと より持たせて、藤の八房やつぶさ つらなりしをかざし、見ぬ人のためといはぬばかりの風儀ふうぎ 、今朝から つく せし美女ども、これにけおされて、その名ゆかしく尋ねけるに、 「室町むろまち のさる息女そくぢよ今小町いまこまち 」 といひ捨てて行く。花の色はこれにこそあれ、いたづら者とは、のち に思ひあはせはべ る。

また、ゆったりと駕籠かご をかつがせて、まだ十三か四の娘、髪はすいたまま垂らして先をちょっと折り返し、紅の絹をたたんで結び、前髪は若衆がするように分けさせて、金の元結で結び、五分櫛ごぶぐし のきれいなのをさし、まず見たところの美しさ、一つ一つあげて言うまでもない。白繻子しらじゅす に墨絵模様の肌着はだぎ を着、上着は玉虫色の儒子に、孔雀くじゃく の切付模様、それが見え透くように、上に唐糸からいと の網がかけてあって、実に趣向を凝らした小袖こそで であった。十二色の畳帯を締め、素足に紙緒の草履ぞうり をはいている。流行はやり の笠を供の者に持たせて、自分は藤の花の長いふさ をかざし、まだ見ぬ人のためといわぬばかりの風情ふぜい 。今朝から眺めつくした美女達も、この女には圧倒されてしまった。さて、その名を知りたくて、尋ねたところ、 「室町のさるお宅の娘御むすめご で、今小町と評判の方」 と供の者が言い捨てて行った。今日の一番の美人はこれにきわまったが、この女がこれでいたずら者であったとは、後になって思い当たったのである。
『現代訳 西鶴名作選』 訳者:東 明 雅 発行所:小 館 学 ヨ リ
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