さて又、二十一二なる女の、木綿の手織縞
を着て、その裏さへ継ぎ継ぎを風ふきかへされ、恥をあらはしぬ。帯は羽織の落おと
しと見えて、物哀れに細く、紫の革足袋かはたび
、あるにまかせてはき、片かた
し片がた しの奈良草履ならざうり
、古き置綿おきわた して、髪はいつ櫛くし
の歯を入れしや、しどもなく乱れしを、ついそこそこにからげて、身に様子もつけず、独ひと
り楽しみて行くを見るに、面道具おもてどうぐ
ひとつも不足なく、 「世にかかる生れ付きの又あるものか」 と、いづれも見とれて、 「あの女によき物を着せて見ば、人の命を取るべし。ままならぬは貧福ひんぷく
」 と、哀れにいたましく、その女の帰るに忍びて人をつけける。誓願寺せいぐわんじ
通とほり の末すゑ
なる煙草切たばこきり の女といへり。聞くに胸いたく、煙の種たね
ぞかし。 |
さて次に二十一、二の女が木綿の手織縞ておりじま
を着て通ったが、その裏さえ継ぎはぎなのを風に引き返され、恥をさらした。帯は羽織の裁落たちおと
しと見え、見るからに哀れに思われるほど細く、紫の革足袋かわたび
をありあわせに履き、片ちんばの奈良草履ならぞうり
をつっかけて、古い綿帽子をかぶった髪は、いつ櫛の歯を入れたやら、だらしなく乱れたのを、ちょこちょこと引っからげている。気どった様子もなく、ひとりで楽しそうに歩いて行くのを見ると、顔の造作は整って何一つ欠点なく、
「世間にこのような天性の美人がまたとあろうか」 と、皆が見とれて、 「あの女に立派な着物を着せてみたら、男の命を取ってしまうだろう。ままにならぬは貧富の巡り合わせだ」
と、哀れで、かわいそうになり、その女の帰る後あと
にこっそり人をつけてやったところ、誓願寺通せいがんじどおり
の場末に住む煙草切たばこき りの女だということであった。聞くにつけて胸が痛み、思いの種になることであった。
|
|
その跡あと
に二十七八の女、さりとは花車きやしや
に仕出しだ し、三つ重ねたる小袖、皆みな
黒羽二重くろはぶたへ に、裾取すそと
りの紅裏もみうら 、金きん
のかくし紋、帯は、唐織寄縞からおりよりしま
の大幅、前に結びて、髪は、投島田なげしまだ
に平元結ひらもとゆひ かけて、対つゐ
のさし櫛、刷は きかけの置手拭おきてぬぐひ
、吉弥笠きちやかさ に四つがはりのくけ紐ひぼ
を付けて、顔自慢に浅く被かづ
き、抜足ぬきあし 、中びねりの歩あり
き姿、 「これこれ、これじゃ、だまれ」 と、おのおの近づくを待ち見るに、三人つれし下女どもに、ひとりびとり三人の子を抱かせける。さては、年子としご
と見えてをかし、跡あと から、
「かか様 かか様」 といふを聞かぬ振りして行く。 「あの身にしては、我が子ながら、さぞうたてかるべし。人の風俗も生う
まぬうちが花ぞ」 と、その女、無常の起こる程どやきて笑ひける。 |
その後に二十七、八の女、全くはでに趣向を凝らした身なりである。三つ重ねた小袖こそで
は皆黒羽二重で、裾回すそまわ
しに紅裏もみうら を付け、金糸縫った替紋かえもん
、帯は唐織からおり の寄り縞の大幅を前で結び、髪は投島田に平元結ひらもとゆい
をかけて、対たい のさし櫛をさし、刷は
きかけの置手拭おきてぬぐい をしている。吉弥笠きちやがさ
に四色変りのくけ紐ひも を付けて器量自慢に浅くかぶり、抜き足、ひべり気味の歩き姿。
「これだこれだ、皆静かに」 と一同が、近づくのを待っていると、三人連れた下女どもに一人ずつ三人の子供を抱かせていた。さては年子としご
かと見えておかしかった。後から、 「お母様、お母様」 と言うのを聞かぬふりをして行く。 「あんなおしゃれな女にとっては、わが子ながら、さぞいやな事だろう。女のなりふりも子を生まぬうちが花じゃ」
と、その女が死にたくなるほどの大声でどなって笑った事であった。 |
|