〜 〜 『 寅 の 読 書 室  Part T-X』 〜 〜
中 段 に 見 る 暦 屋 物 語

2012/10/04 (木) 姿 の せき もり (四)

さて又、二十一二なる女の、木綿の手織縞ておりじま を着て、その裏さへ継ぎ継ぎを風ふきかへされ、恥をあらはしぬ。帯は羽織のおと しと見えて、物哀れに細く、紫の革足袋かはたび 、あるにまかせてはき、かたがた しの奈良草履ならざうり 、古き置綿おきわた して、髪はいつくし の歯を入れしや、しどもなく乱れしを、ついそこそこにからげて、身に様子もつけず、ひと り楽しみて行くを見るに、面道具おもてどうぐ ひとつも不足なく、 「世にかかる生れ付きの又あるものか」 と、いづれも見とれて、 「あの女によき物を着せて見ば、人の命を取るべし。ままならぬは貧福ひんぷく 」 と、哀れにいたましく、その女の帰るに忍びて人をつけける。誓願寺せいぐわんじ とほりすゑ なる煙草切たばこきり の女といへり。聞くに胸いたく、煙のたね ぞかし。

さて次に二十一、二の女が木綿の手織縞ておりじま を着て通ったが、その裏さえ継ぎはぎなのを風に引き返され、恥をさらした。帯は羽織の裁落たちおと しと見え、見るからに哀れに思われるほど細く、紫の革足袋かわたび をありあわせに履き、片ちんばの奈良草履ならぞうり をつっかけて、古い綿帽子をかぶった髪は、いつ櫛の歯を入れたやら、だらしなく乱れたのを、ちょこちょこと引っからげている。気どった様子もなく、ひとりで楽しそうに歩いて行くのを見ると、顔の造作は整って何一つ欠点なく、 「世間にこのような天性の美人がまたとあろうか」 と、皆が見とれて、 「あの女に立派な着物を着せてみたら、男の命を取ってしまうだろう。ままにならぬは貧富の巡り合わせだ」 と、哀れで、かわいそうになり、その女の帰るあと にこっそり人をつけてやったところ、誓願寺通せいがんじどおり の場末に住む煙草切たばこき りの女だということであった。聞くにつけて胸が痛み、思いの種になることであった。
そのあと に二十七八の女、さりとは花車きやしや仕出しだ し、三つ重ねたる小袖、みな 黒羽二重くろはぶたへ に、裾取すそと りの紅裏もみうらきん のかくし紋、帯は、唐織寄縞からおりよりしま の大幅、前に結びて、髪は、投島田なげしまだ平元結ひらもとゆひ かけて、つゐ のさし櫛、 きかけの置手拭おきてぬぐひ吉弥笠きちやかさ に四つがはりのくけひぼ を付けて、顔自慢に浅くかづ き、抜足ぬきあし 、中びねりのあり き姿、 「これこれ、これじゃ、だまれ」 と、おのおの近づくを待ち見るに、三人つれし下女どもに、ひとりびとり三人の子を抱かせける。さては、年子としご と見えてをかし、あと から、 「かか様 かか様」 といふを聞かぬ振りして行く。 「あの身にしては、我が子ながら、さぞうたてかるべし。人の風俗も まぬうちが花ぞ」 と、その女、無常の起こる程どやきて笑ひける。
その後に二十七、八の女、全くはでに趣向を凝らした身なりである。三つ重ねた小袖こそで は皆黒羽二重で、裾回すそまわ しに紅裏もみうら を付け、金糸縫った替紋かえもん 、帯は唐織からおり の寄り縞の大幅を前で結び、髪は投島田に平元結ひらもとゆい をかけて、たい のさし櫛をさし、 きかけの置手拭おきてぬぐい をしている。吉弥笠きちやがさ に四色変りのくけひも を付けて器量自慢に浅くかぶり、抜き足、ひべり気味の歩き姿。 「これだこれだ、皆静かに」 と一同が、近づくのを待っていると、三人連れた下女どもに一人ずつ三人の子供を抱かせていた。さては年子としご かと見えておかしかった。後から、 「お母様、お母様」 と言うのを聞かぬふりをして行く。 「あんなおしゃれな女にとっては、わが子ながら、さぞいやな事だろう。女のなりふりも子を生まぬうちが花じゃ」 と、その女が死にたくなるほどの大声でどなって笑った事であった。
『現代訳 西鶴名作選』 訳者:東 明 雅 発行所:小 館 学 ヨ リ
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