〜 〜 『 寅 の 読 書 室  Part T-X』 〜 〜
中 段 に 見 る 暦 屋 物 語

2012/10/04 (木) 姿 の せき もり (三)

間もなう、そのあと より、十五六、七にはなるまじき娘、母親と見えて、左の方に付き、右の方に、墨衣すみごろも 着たる比丘尼びくに の付きて、下女あまた、六尺とも をかため、大事に掛くる風情ふぜい 、さては、縁付えんづきい 前かと思ひしに、鉄漿かね 付けて眉なし。顔は丸くして見よく、目に利発りはつ あらは れ、耳の付きやうしをらしく、手足の指ゆたやかに、皮薄かはうす に色白く、衣類の着こなし、又あるべからず。下に黄無垢きむく 、中に紫の地なし鹿 、上は鼠?子ねずみじゆす百羽雀ひやくばすずめ切付きりつけ段染だんぞめ一幅帯ひとはばおび 、胸 け掛けて、身振りよく、塗笠ぬりがさ にとら打ちて、千筋紙縒せんすぢごより を付け、見込みのやさしさ。これ一度見しに、脇顔わきがほ に横に七分あまりの打疵うちきず あり。さらに、生れ付きとは思はれず。 「さぞその時の抱姥だきうば をうらむべし」 と皆々笑うて通しける。

間もなくその後から、十五か六、七にはまだなるまいと思われる娘が通った。母親と見える女が左の方に付き添い、右の方には墨染すみぞめ の衣を着た比丘尼びくに が付き、大勢下女や駕籠かご かきがお供して、とても大切にする様子、さてはこの娘はまだ結婚前かなと思って見るとそうではなく、鉄漿かね をつけ、眉は落としている。顔は丸顔で見てくれがよく、目に利発な性格があらわれている。耳の付き具合もかわいらしく、手足の指はふっくらとして、皮膚はきめ細かに色白く、着物の着こなしがまたとないほど上手であった。下着は黄無垢きむく 、中着は紫鹿 の総絞り、上着は鼠?子ねずみじゅす百羽雀ひゃっぱすずめ のアップリケをしたものを着て、だんらら染めの一幅帯を締め、胸のあた りを少し開け気味にして、身のこなしも美しい。漆塗りのかさ に裏を付け、千筋こよりの緒を付けてかbyる。その笠の下に見たところの美しいこと。これをもう一度見直したところ、片頬かたほお に七分位の打ち傷のあと があった。これはどうしても生まれつきのものとは思えない。不注意で怪我したのであろうか。 「さぞかし、その時の抱乳母だきうば を恨んでいることだろう」 と、一同笑って通したことであった。
『現代訳 西鶴名作選』 訳者:東 明 雅 発行所:小 館 学 ヨ リ
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