天和二年の暦
正月一日、吉書きつしよ よろづによし。二日、姫はじめ、神代かみよ
の昔より、この事、恋知鳥こひしりどり
の教へ、男女なんによ のいたづら止や
む事なし。 ここに大経師だいきやうじ
の美婦びふ とて、浮名うきな
の立ち続き、都に情なさけ の山を動かし、祗園会ぎおんゑ
の月鉾つきぼこ 、桂かつら
の眉をあたそひ、姿は清水きよみづ
の初桜、いまだ咲きかかる風情ふぜい
、唇のうるはしきは高尾たかお
の木末こずゑ 、色の盛さかり
と詠なが めし。住み所は室町通むろまちどほり
、仕出しだ し衣裳いしやう
の物好ごの み、当世たうせい
女のただ中、広い京にも又あるべからず。 人の心も浮き立つ春深くなりて、安井の藤、今を紫の雲のごとく、松さへ色を失ひ、たそがれの人立ち、東山に又姿の山を見せける。 折節をりふし
、洛中に隠れなき騒ぎ仲間の男四天王してんわく
、風儀ふうぎ 人ひと
にすぐれて目立ち、親よりゆづりのあるにまかせ、元日より大晦日おほつごもり
まで、一日も色に遊ばぬ事なし。昨日きのふ
は島原しまばら に、唐土もろこし
・花崎はなさき ・薫かをる
・高橋たかはし に明し、今日は、四条川原かはら
の竹中吉三郎・唐松からまつ 歌仙かせん
・藤田吉三郎きちさぶろう ・光瀬みつせ
左近さこん など愛して、衆道しゆだう
・女道によだう を昼夜のわかちもなく、さまざま遊興いうきよう
つきて、芝居しばい 過ぎより松屋といへる水茶屋に居ながれ、
「今日程、見よき地女ぢおんな
の出し事もなし。もしも我等われら
が目にうつくしきと見しもある事もや」 と、役者のかしこきやつを目利頭めききがしら
に、花見帰りを待つ暮々くれぐれ
、これぞかはりたる慰みなり。 |