夜の内は互
いに恋に関をすゑ、明あ けの日は相坂あふさか
山より大津おほつうま 馬を借りて、三宝荒神さんぽうくわうじん
に、男女のひとつに乗るを、脇から見てはをかしけれども、身の草臥くたび
れ、あるひは思ひ入れあれば、人の見しも世間もわきまへなし。おせんを中に乗せて、樽屋、久七、両脇に乗りながら、久七、おせんが足の指先をにぎれば、樽屋は、脇腹に手をさし、忍び忍びたはぶれ、その心のほどをかし。 いづれも御参宮ごさんぐう
の心ざしにあらねば、内宮ないくう
、二見ふたみ へも掛けず、外宮げくう
ばかりへ、ちよつと参りて、印しるし
ばかりに、お祓串はらひぐし 、若和布わかめ
を調ととの へ、道中両方白眼にら
みあひて、何の子細もなく、京まで下向げかう
して、久七が才覚さいかく の宿に着けば、樽屋は、取替へし物ども、目の子こ
算用さんよう にして、 「この程ほど
は何分御厄介になりまして」 と一礼いうて別れぬ。久七、今夜は我が物にして、それぞれの土産物みやげもの
を見出して買うてやりける。 日の暮るるも待ちひさしく、烏丸からすまる
のほとりへ、近ちか しき人ありて見舞ひしうちに、嚊かか
はおせんを連れて、清水きよみづ
様へ参るの由、取急ぎ宿を出て行きしが、祗園ぎおん
町の仕出しだ し弁当屋べんたうや
の釣簾すだれ に付紙つけがみ
、目印めじるし に錐きり
と鋸のこぎり を書き置きしが、この内へおせんが入るかと見えしが、中ちゆう
二階に上あが れば、樽屋出合ひ、末々約束の盃さかづき
事して、その後、嚊かか は箱階子はしご
下お りて、 「ここはさて ここはさて水がよい」
とて、煎じ茶はてしもなく呑みにける。これを契ちぎり
りのはじめにして、樽屋は、昼舟ひるぶね
に大坂に下りぬ。 嚊、おせんは宿に帰りて、俄にはか
に、 「今から下くだ る」 といへば、
「是非ぜひ 二三日は都見物」
と、久七とどめけれども、 「いや いや、奥様に、男ぐるひなどしたと思はれましてはいかが」 と出て行く。 「風呂敷包づつみ
は、大儀たいぎ ながら久七殿頼む」
といへば、 「肩が痛む」 とて持たず。大仏だいぶつ
・稲荷いなり の前・藤の森に休みし茶の銭も、めいめい払ひにして下りける。 |