久七は寝たまま手をのばして行燈
の土器かわらけ を傾けて、灯がすぐ消えるようにすると、樽屋たるや
は枕まくら に近い突上げ窓の戸を開けて、
「秋になってもこの暑さはどうだ」 と言う、折から晴れ渡る月の光が四人の寝姿を照らし出した。おせんが空鼾そらいびき
を出して眠ったふりをすると、久七は右の足をもたせ掛ける。樽屋はこれを見て、扇拍子を取って、 「恋は曲者くせもの
、皆人の」 と世継よつぎ 曾我そが
の道行をかたり出す。おせんは目を覚さ
まして、嚊に寝物語に、 「世の中で女がお産をするほど恐ろしい事はありません。常々思うに、年季の明き次第、北野の不動堂のお弟子になって、行く行くは尼になりたい望みです」
と言うと、嚊は、うとうと夢うつつに聞いて、 「それがいいよ、何事も思うとおりにはならぬ浮世じゃ」 と言って、前後を見回すと、宵よい
に西枕で寝たはずの久七は南かしらになって、褌ふんどし
も解いているのは、物参りの旅とはいうものの不用心事である。樽屋は、蛤はまぐり
に丁子ちょうじ の油を入れ、小杉の鼻紙に持ち添えて、残念そうな顔つきで寝ているのもおかしかった。 |