〜 〜 『 寅 の 読 書 室  Part T-W』 〜 〜
平 治 物 語 (上)

2012/08/25 (土) 待 賢 門 の 軍 の 事 (八)

重盛は、しばら く合戦して、てき をたばかり だし、退しりぞ く。悪源太、かつ りて けければ、重盛の馬の草分くさわき太腹ふとばら篦深のぶか させ、馬しき りに ねければ、堀川ほりかは材木ざいもく の上に り立ちたり。鎌田かまだ 兵衛びやうゑ 、川をわた して、馬より下り重なりて、重盛に組まんとしけるを、重盛の郎等らうどう与三左衛門尉よさうざゑもんのじよう景泰かげやす 、鎌田にむずと組む。上になり、下になり、組み合ひけるを、与三左衛門、上になり、鎌田を取り押さへける所に、悪源太、 りてかさ なり、与三左衛門を討ち取る。下なる鎌田を引き起こし、やがて重盛に打ち懸かりける所に、重盛の郎等、進藤しんどう 左衛門尉さゑもんのじよう 、少し隔たって控へたりけるが、これを見て、鞭鐙むちあぶみ を合はせて馳せ寄り、材木のきは にて飛び下り、重盛を せ、くつわひがし へ向けて鞭打ちて、 「 びさせたまへ」 と ひけるを最後にて、しゆ背中うしろ はせになり、悪源太に打ち懸かり、さんざんにぞ戦ひける。悪源太が打ちける太刀たち に、かぶとはちいた たれ、がはとまろ びながら、太刀をも捨てず、起き直らんとしけるを、鎌田、落ち合ひて、取りて押さへて首を取る。二人の郎等が討ち死にしけるあひだ にぞ、重盛、はる かに びにける。

重盛はしばらくの間合戦して、敵をいつわっておびき出し、退いた。悪源太は勝った威勢で追いかけたところ、重盛の馬の草分、太腹のあたりを篦深かに射込まれ、馬はしきりにはねて、堀川の材木のところに立った。鎌田兵衛は川を馬ごと渡り、馬から下り重なり、重盛に組もうとしたのを、重盛の郎等与三左衛門尉景泰が鎌田にむずと組み付き、上になり下になり組み合いが続いたが、与三左衛門が上になって鎌田を取り押さえたところに、今度は悪源太が駆け寄って落ち重なり、与三左衛門を討ち取った。鎌田を引き起こして、そのまま重盛に組み付いたところに、重盛の郎等進藤左衛門尉少し離れて控えていたが、これを見て、鞭鐙を合わせて馳せ寄って材木の際から飛び下り、重盛を馬に乗せあげ、轡を東に向けて、鞭打って、 「逃げ延びなさい」 と言った言葉が最後で、主人とは後ろ合わせになって、悪源太に討ちかかり、激しく戦った。悪源太が打ちかかってくる太刀で甲の鉢を強く打たれ、ごろりころがりながら、太刀を離さず起き直ろうとしたところに、鎌田が来合わせて、取り押さえて首を取り、かく二人の郎等が討ち死にする隙に、重盛は遠く逃げのびた。

『将門記・陸奥話記・保元物語・平治物語』 発行所:小学館  ヨ リ
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