〜 〜 『 寅 の 読 書 室  Part T-W』 〜 〜
平 治 物 語 (上)

2012/08/24 (金) 待 賢 門 の 軍 の 事 (五)

悪源太は、一人当千いちにんたうぜん のこれらをあい して、馬の鼻を並べて、散々さんざんかか りければ、重盛のぜい 五百余騎、はつ かのぜい に駆け立てられて、大宮面おほみやおもて へばつと引きてぞ でたりける。悪源太が振舞ふるまひ を見て、義朝、心地ここち を直し、使者を立てて、 「ようこそ見ゆれ、悪源太。すき なあらせそ。ただ けよ」 とぞ下知げぢ しける。
重盛、大宮面にひか へて、しばら く人馬の を休めけり。赤地あかぢにしき直垂ひたたれ に、はじ の匂ひの鎧に、てふ裾金物すそかなもの をぞ打ちたりける。
鴾毛つきげ なる馬のはなはだたくましきが、八寸やき あま りなるに、金覆輪きんぶくりんくら きてぞ乗りたりける。年二十三、馬居むまい事柄ことがらいくさ のおきて、まこと に平氏の正統、武勇ぶゆう達者たつしや 、あっぱれ大将軍だいしやうぐん かなとぞ見えし。あぶみ り、つい立ち上がり、 「いつは りて退しりぞ くべきよし宣下せんげ を承りたる身なれども、合戦かつせん は、また、時宜じぎ によるなり。はつ かの小勢こぜい に打ち負けて退しりぞ く事、身に当りて面目めんぼく を失へり。いま一駆ひとか け駆けて、そののち こそ勅定ちよくじやうおもむきまか せめ」 とて、さきつはもの をば大宮面に き、新手あらて 五百余騎を相具して、また、待賢門を打ちやぶ りて、をめ いて駆け入りけり。

悪源太は一人当千のこれらを率いて、馬の鼻を並べて激しく向かっていったので、重盛に軍勢は五百余騎もいたのに、僅かな軍勢に追い立てられて、大宮面へいっせいに退却した。悪源太の軍ぶりを見て、義朝は機嫌を直し、使者を送って、 「すばらしい戦いぶりよ、悪源太。油断するな。ただ馬を駆けさせよ」 と命じた。重盛は大宮面にとどまって、しばし、人馬の息を休めた。赤地の錦の直垂、櫨の匂いの鎧に、蝶の裾金物を打ち付けていた。鴾毛の馬のたいそうたくましく、四尺八寸余りもあるにに、金覆輪の鞍を置いて乗っていた。年二十三、馬上の姿、人品、軍の指図とどれをとっても、誠に平氏の正統、武勇の達人、立派な大将と見えた。鐙を踏ん張って立ち上がり、 「敵を欺く為に退却せよとの命令を受けている身だが、合戦というものは時の運によるというものよ。僅かばかりの小勢に負け退却するなど、わが身の面目を失ってしまった。今一度馬を駆けに駆けさせて、その後、勅定の趣きに従うことにしよう」 と言って、先程の軍勢は大宮面に残して、新手の五百余騎を率いて、再び待賢門に向かい、そこを破ってわめきながら打ち入った。

『将門記・陸奥話記・保元物語・平治物語』 発行所:小学館  ヨ リ
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