〜 〜 『 寅 の 読 書 室  Part T-W』 〜 〜
平 治 物 語 (上)

2012/08/11 (土) 信 頼 信 西 を 亡 ぼ さ る る 議 の 事 (二)

かかるひま て、信頼、義朝を招きて、 「信西、紀二位きのにい の夫たるによって、天下てんが の大小事を心のままにせり。子供には官加階くわんかかい ほしいままに申しあた へて、信頼が方様かたさま をば をも水に申しなし、讒佞至極ざんねいしごく入道にふだう なり。このもの ひさ しくあらば、くに をもかたむ け、世をもみだ るべきわざはひもとゐ なり。きみ もさはおぼ されたれども、させるつい でなければ、御いまし めもなし。いさとよ、御へん さまとても、終始しじゆう いかがあらんずらむ。よくよくはか らはるべきぞ」 と語らへば、義朝申しけるは、 「六孫王ろくぞんわう より義朝まで七代なり。弓箭ゆみや の芸をもって、叛逆はんぎやくともがらいまし めて、武略ぶりやく の術をつた へて、敵軍てきぐん のかたきをもやぶり候ひき。しかれども、去んぬる保元ほうげんみだ れに、一門朝敵てうてき となりて、類系るいけい ことごとく誅伐ちゆうばつ せられ、義朝一人いちにんまか りなりて候へば、清盛も内内所存ないないしよぞん こそ候ふらめ。これはぞん じのまへ にて候へば、驚くべきにあらず。かようにたのおほ せられ候へば、御大事に ひて、便宜びんぎ 候はば、当家たうけ浮沈ふちん をもこころみ候はん事、本望ほんまう にてこそ候へ」 と申せば、信頼、大きに喜びて、いか物作ものづく りの太刀たち 一振ひとふり 取り出だし、 「よろこび の始めに」 とて、 かれけり。

この機会を捉えて、信頼は義朝を招き、 「信西は紀二位の夫であることをいいことに、天下の政治のあれこれを心のままにしている。わが子には官加階を勝手に与えていながら、信頼方の者についてはあれこれ邪魔だてして、讒佞ほしいままにする入道である。 こやつをこのままにしておくならば、国家破滅の基である。君もこのようにお考えでいらっしゃりながら、機会のないまま、御戒めもない。そこで、貴殿たちはどう考えているのか、よくよく相談してみようではないか」 と語りかけたところ、義朝が申すには、 「六孫王から義朝まで七代である。弓箭の芸を以って叛逆の輩を戒め、武略の術を伝えて敵軍を破った。しかし、去る保元の乱に際し、わが一門の多くは朝敵となり、係累ことごとく誅伐の憂き目にあい義朝一人となってしまったについては、清盛の内々のたくらみがあってのことだろう。これは先刻承知のことだから、驚くべきことではない。このように頼りにされます以上、危難に遭うこともなくて好機ありますなら、わが源家の浮沈かけて戦うことは本望であります」 と申したので、信頼は大喜びで、いか物作りの太刀一振を取り出し、 「喜びの幸先さいさき に」 と言って引き出物とした。

義朝、かしこま つてまか でける所に、しろくろむま 二疋にひき鏡鞍かがみぐら きて、引き立てたり。夜陰やいん の事なれども、松明たいまつ 振り上げさせて、馬を見て、「合戦かつせん ちには、馬ほどの大事候はず。この竜蹄りゆてい って、いかなるぢん なりとも、いかで破らで候ふべき。周防判官すほうのはんぐわん 李実すえざね出雲守いづものかみ 光保みつやす伊賀守いがのかみ 光基みつもと佐渡式部大夫さどのしきぶのたいふ重成しげなり などにもおほ はせられ候へかし。これらは内々申すむね の候ふぞと承り候へ」 と申し置きてぞ でにける。義朝、宿所しゆくしよかへ りて、 の信頼卿、日頃ひごろ こしらへ きたる兵具ひやうぐ なれば、よろひ 五十両、 つさまにぞつか わはしける。
義朝は畏まって退出しようとしたところに、白馬・黒馬の二匹に鏡鞍を置いて引き立てて来た。夜陰の事ではあるが、松明を振り上げさせて、馬を見て、 「合戦の出で立ちには、馬ほどの大事なものはない。この竜蹄を以って、いかなる陣なりとも、どうして破らずにおくことがあろうか。周防判官李実、出雲守光保、伊勢守光基、式部大夫重成などにもご相談くだされ。これらの者どもも内々含むところがあると聞いております」 と申し置いて退出した。義朝が宿所に帰り着いたところ、あの信頼卿が、この日の為に日頃から用意していた兵具なのであろう、鎧五十両を後追いかけるように届けてきた。
『将門記・陸奥話記・保元物語・平治物語』 発行所:小学館  ヨ リ
Next