〜 〜 『 寅 の 読 書 室  Part T-W』 〜 〜
平 治 物 語 (下)

2012/09/22 (土) 頼朝遠流の事 付けたり 守康夢合せの事 (一)

さるほど に、兵衛佐ひやうゑのすけ 頼朝よりとも は、伊豆国いづのくに 蛭小島ひるがこじま へ流さるべしとさだ めらる。池殿いけどの 、このよし 聞きたまひ、宗清むねきよ がもとへ、 「頼朝を してまゐ れ」 とのたま ひければ、弥平兵衛やへいぶやうゑ 宗清むねきよ 、兵衛佐殿を具し奉り、まゐ りたり。池殿、頼朝を近く呼び寄せ、姿すがた をつくづくと見たまひて、 「 に、家盛いへもり が姿に少しもたが はず。あはれ、都辺みやこへん いて、家盛が形見に、常に呼び寄せてなぐさ まばや。遥々伊豆国までくだ さんことこそうたてけれ。わ殿どの は、家盛と思ひ、春秋の衣装は一年に二度ふたたび 下すべし。尼を母と思ひ、むな しくならば、後世ごせ をもとぶら ふべし。また、伊豆国は鹿しし 多き所にて、常に国人くにびと ひてかり する所にてあるなるぞ。人と り合ひ、狩などして、 『なが され人の思ふやうに振舞ふるま ふこと』 とて、国人にうた へられ、二度ふたたび 見るべからず」 と宣へば、兵衛佐殿、かしこ まって、 「いか でかさやうの振舞ふるまひ 候ふべき。もとどり をも切り、父の後世をも弔ひ申さばやとこそ存じて候へ」 と申されければ、 「よく申すものかな」 とて、池殿、涙を流されける。 「 く」 と宣へば、御前ごぜん でられけり。

さて、兵衛佐頼朝は、伊豆国蛭小島へ流罪と決定した。池殿はこのことを聞き、宗清のもとへ、 「頼朝を連れて来るように」 と伝えたので、弥平兵衛宗清は、兵衛佐殿を連れて出向いた。池殿は、頼朝を近くに呼び寄せて、姿をつくづくと眺め、 「本当に家盛の姿と少しも違わない。ああ、そなたを都の辺に置いて、家盛の形見としていつも呼び寄せては心を慰めたいものよ。はるばる遠く伊豆国まで赴かせるのはつらい。そなたを、家盛の形見と思い、春秋の衣装として、年に二度ずつ送り届けましょう。これからは私を母と思い、もし私が先に亡くなったら、後世を弔っておくれ。また、伊豆国は鹿の多い所で、いつも土地の人間が寄り集まって狩の盛んな土地柄と聞いています。人と寄り集まって狩に興じて、 『流人のくせに勝手な振舞いをして』 などと土地の人間に訴えられるなどして、ふたたび捕われ人になるようなつらい思いをしてはいけません」 などとこまごま注意を与えた。頼朝も、かしこまって、 「どうしてそんな不注意な振舞いをいたしましょう。髻を切って、父の後世を弔うつもりです」 と答える。池殿は、 「嬉しいことを言うものよ。それでいいのです」 と涙を流し、 「それではこれで、早く帰りなさい」 とおっしゃるので、頼朝は御前を退出した。

『将門記・陸奥話記・保元物語・平治物語』 発行所:小学館  ヨ リ
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