さる程
に、難波なんばの 三郎経房つねふさ
は、悪源太あくげんた を斬き
りて後のち 、常つね
には、邪気じやけ 心地ごこち
添そ ひて来たりける。経房、
「いかにしてか邪気心地を失うしな
うべし」 といへば、 「摂津国せつつのくに
箕面みのお の滝の水に打う
たれてこそ、邪気心地は失う すると承り候へ」
と人言ひければ、やがて箕面へ参まゐ
り、滝壺たきつぼ を見て、 「いか程ほど
深くあるらん」 と言へば、寺僧じそう
ども、 「一里ばかり深く候ふとこそ申し伝へて候へ」 と言へば、例れい
の邪気じやけ 心地ごこち
起お こりて、滝壺へ走り入り、行方ゆくへ
も知らず、遥々はるばる と入りければ、水もなき所へ行き出い
でたり。美うつく しく飾かざく
りたる、御所ごしよ と思おぼ
しき所あり。門の口くち にたたずみければ、内より、
「あれは誰た そ」 と問ふ。
「平家の侍さぶらひ 、難波三郎経房と申す者にて候ふ」
「さては、難波なんば といふ者ござんなれ、疾と
く帰かへ れ。娑しやば
婆にて子細しさい があらんずるぞ。その時参れ」
と言ひければ、 「これは何処いづく
にて候ふやらん」 と、 「帰りては、何と申すべきぞ」 と言へば、 「これは竜宮りゆうぐうく
なり。参りたるしるしには、これを取らせん」 とて、水晶すいしやう
の塔たふ に仏舎利ぶつしやり
を一粒いちりふ 入れて賜た
ぶ。賜たま はりて、懐中くわいちゆう
して、門を出い づると思ひければ、元もと
のごとく、滝壺へ浮うか び出い
でけり。寺僧どもにこの由よし
言へば、身み の毛け
よだちてぞ思おぼ えける。 さて、都へ上のぼ
りて、この由を申しければ、清盛きよもり
、不思議ふしぎ にぞ思おぼ
えける。 |