母の尼上
、これを見て、 「我が身老お
い衰おとろ へたる、今幾程いくほど
の命なれば、幼をさな い人々、わ御前ごぜ
の命に替かは らんとこそ思ひつるに、帰り来き
たつて、二度ふたたび 憂う
き目め を見せむことこそ悲しけれ」 とぞ歎なげ
きける。 |
母の尼上は、これを見て、
「自分はもう老い衰えている身、これからどれ程生きていられるかわからない命だから、幼い子供たちやお前の命の代わろうと決心したところなのに、今さら、お前たちが帰って来たって、二度もつらい目に遭うなんて、悲しいことです」
と歎いたことである。 |
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伊藤武者いとうむしや
、参りて、清盛にこの由よし 申せば、
「母の命を助けんために参りたるな。本もと
よりさこそあるべけれ。具ぐ して参れ」
と宣へば、常葉を具して参りけり。母の尼君あまぎみ
を連つ れて参る。 「聞きこ
ゆる常葉こそ、召め し出い
だされて、参まゐ りたれ。誰たれ
か預あづか りて、憂う
き目を見んずらん。いざや常葉が姿すがた
見ん」 とて、平家の一門、侍さぶらひ
どもに至いた るまで、皆、六波羅へこそ参りけれ。 清盛、侍さぶらひ
に出い でたまひ、常葉に対面して、
「いかに、この間あひだ 、何処いづく
にありけるぞ」 と宣へば、常葉、 「義朝よしとも
の幼をさない い人々の候さぶら
ふを、捕と り出い
だされて、失うしな はれ候ふべしと承り、傍かたは
らに忍び候ひつれども、科とが
もなき母の命を失はるべしと承り、助たす
けんために、参りて候ふ。幼をさな
い者どもを失はせたまはば、先ま
づ、わらはを失はせたまへ」 とて泣き居たり。母の尼君、後うしろ
ろにて、 「孫まご と娘むすめ
を失はせたまはば、尼を先ま づ失はせたまへ」
とて、歎なげ きける。今若殿いまわかどの
、敵かたき 清盛の方かた
を一目ひとめ 、母常葉が方かた
を一目見て、 「泣きて、物を申せば、是非ぜひ
も聞きこ え候はぬに、泣な
かで申させたまはで」 と宣へば、平家の人々、侍さぶらひ
ども、 「義朝の子なれば、幼をさな
きけれども、申しつることの恐おそ
ろしさよ」 とて、舌した を振ふ
りて、怖お ぢあへり。 |
伊藤武者は清盛に会い、このことを伝えたところ、
「母の命を助けるために出頭したとな、最初からそうすればいいのだ。連れて来い」 と命ずるので、伊藤武者は常葉を連れて来た。母の尼君も連れて来た。 「かねて評判の常葉が召し出されてやって来た。だれが預かって、常葉を斬る役を命ぜられるなど、つらい思いをしなければいけないのだろう。さあ、常葉の姿を見よう」
とばかり、平家の一門は侍に至るまで、皆六波羅に集まってきた。 清盛は侍所にやって来て、常葉の顔を見ながら、 「どうした。これまで、どこにいたのか」 と問う。常葉は、
「この子たちは、義朝の子供ですので、捕えられて、殺されるに違いないと聞いていましたので、都を離れて片田舎に隠れていましたが、今度は、罪もない母の命が失われそうだと聞き、母を助けるために出頭いたしました。幼い子供たちを処刑されるのでしたら、まず、私から先に殺してください」
と泣きくずれていた。母の尼君も、後ろの方から、 「孫と娘を殺すのでしたら、まず、私から殺してください」 と歎く。今若殿は、敵清盛を一方の目で、もう一方の目で母常葉を見て、
「泣いて物を言うと、何を言っているのか、さっぱりわからんよ。泣かないでおっしゃい」 と言い放ったので、平家の人々、侍どもに至るまで、 「義朝の子だけあって、外見は幼いが、言うことの恐ろしさよ」
と皆々恐れあった。 |
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『将門記・陸奥話記・保元物語・平治物語』 発行所:小学館 ヨ
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