〜 〜 『 寅 の 読 書 室  Part T-W』 〜 〜
平 治 物 語 (下)

2012/09/18 (火) 常 葉 落 ち ら る る 事 (一)

清盛きよもりのたま ひけるは、 「池殿いけどの りがたく宣へば、頼朝よりとも をば助け置くべし。常葉ときは が腹に、義朝よしとも の子三人あんなり。たづ だし、目の前にてみな うしな ふべし」 とぞ宣ひける。
たりて、常葉にこのよし 知らせければ、さあらずとも、 「いかがらんずらん」 となげ きけるに、この由聞き、二月九日の に入りて、をさな い者ども して、清水寺きよみづでら へぞまゐ りける。仏前にて、申しけるは、 「わらは、観音くわんおんたの みをかけまゐ らせ、七歳の年より、月詣つきまゐ り怠らず。十三の歳より、毎月に一部の法華経ほけきやう おこた らず。十九歳より、毎月に三十三体の聖容せいよう を取りたてまつ
。それ、観音の慈悲じひ利生りしやう 深くおはしますことをうけたまは るに、三十三しん の春の花のにほたもと は数を知らず。十九種の秋の月、宿やど はよもあらじ。観音の慈悲じひ 利生りしやう なれば、 『後世ごせ まで』 と申すとも、いかにかな へさせたまはざるべき。いかにいはん や、今生こんじやう に三人の子供の命を助けて、わらはに見せさせたまへ」 と、 もすがら口説くど き申しければ、観音くわんおん も、いかがあはれとおぼ しけん。 も明けぬれば、参籠さんろう上下じやうげ 、皆下向げかう す。

清盛は、 「池殿がどうにも断りにくいように強く頼むものだから、この際頼朝は助けおくことにしよう。ただし、常葉には、義朝との間の子が三人いる。探し出して、わが目の前で殺せ」 と言った。
これを聞いて、常葉に知らせた者がいる。清盛の恐ろしい言葉を聞く前から、「どうしたものでしょう」 と歎いていたが、このことを聞いて、二月九日の夜になってから、幼い者どもを連れて、清水寺に参った。仏前で、 「自分は観音に願いをかけて参りましたが、七歳の時から、月詣りを怠りません。十三の年からは、毎月、『法華経』 全巻の読誦を怠りません。十九歳からは、毎月三十三体の化身のお姿を取っております。それ、観音の慈悲は利生が深くいらっしゃると聞いておりますが、その三十三身の春の花の匂うが如き利生をいただく者は数知れず、また十九種の秋の月の光の如き利生の届かぬ家はよもやありますまい。観音の慈悲利生であるからには、 『後世までも』 必ず適えさせていただくとか、まして、今生に三人の子供の命をお助けくださり、利生のさまをお見せください」 と、夜通し口説いたので、観音もどんあに不憫に思われたことであろうか。夜が明けたので、参籠の人々は皆帰って行った。

『将門記・陸奥話記・保元物語・平治物語』 発行所:小学館  ヨ リ
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