〜 〜 『 寅 の 読 書 室  Part T-W』 〜 〜
平 治 物 語 (下)

2012/09/15 (土) 頼朝生捕らるる事 付けたり 夜叉御前の事 (一)

右兵衛佐うひやうゑのすけ 頼朝よりとも は、青墓あおはか に忍びておはしけるに、三河守みかわのかみ 頼盛よりもり尾張国をはりのくにたま はりて、弥平兵衛やへいびやうゑ 宗清むねきよ目代もくだいくだ されける程に、青墓の宿しゆく き、その夜、きみ一人いちにん めたりけるに、おんな 、 「長者ちやうじや のもとに、兵衛佐殿おはします」 よし 言ひければ、我我われ は平家のさぶらひ なり、あれは源氏げんじかたき なり、いかでか らすべきなれば、宗清、長者の宿所しゆくしよ へ押し寄せて、 「右兵衛佐殿、これに忍びておはするなり。 だすべし」 と言ひければ、大炊おほひ夜叉やしや 御前ごぜんまへまゐ り、佐殿すけどの にこのよし 申せば、 「存じ知つて候ふ」 とて、自害じがい せんとしたまふ所に平家のさぶらひ ども、 し入りて、佐殿を見奉り、すき もなく、つはもの 数多あまた 走り寄りて、かたなうば ひ取り、佐殿を り奉る。

右兵衛佐頼朝は、青墓に隠れ住んでいた。三河守頼盛が尾張国の国司となり、弥平兵衛宗清を目代として派遣することになった。宗清は青墓の宿に着いて、その夜、遊君を一人泊めたところ、その女が、 「長者のもとに兵衛佐殿がいらっしゃいます」 など言ったので、我は平家の侍、あれは敵源氏、どうして討ち漏らすことがあっていいものかと」いうことで、宗清は長者の宿所へ押し寄せて、 「右兵衛佐殿がここに忍んでいらっしゃる。出せ」 とすごんだところ、大炊は夜叉御前にところに行き、このことを頼朝に申しあげた。頼朝は 「知っている」 とだけ答え、自害なさろうとしているところに、平家の侍どもがなだれ込み、佐殿を見付け、びっしりと、大勢走り寄って来て、刀を奪い取って佐殿を生け捕りにした。

宗清、やがて でければ、 「妹の姫君ぬめぎみ も、義朝よしとも の子なり。女子によし なりとも、たす きては しかるべし。とも して行きて、右兵衛佐殿と一所いつしよ にて すべし」 と宣ひて、まろ び、 かれければ、つはもの どもも、あはれにぞおぼ えける。さて、都へのぼ り、平家の見参げんざん に入れければ、 「神妙しんべう なり」 とて、やがて宗清にあづ かれけり。
宗清はすぐさま青墓の宿を出発することになった。その際、妹の姫君にしたところで、 「義朝の子であるに違いない。たとえ女子とはいえ、このまま助けておいたのではまずいことになる。連れて行って、右兵衛佐と一緒に殺すことにしよう」 などと言い出すものだから、姫君は身もだえして泣き出す始末、兵どももまことにかわいそうなことと思った。結局は、頼朝だけを連れて都に到着、平家の御覧に入れたところ、 「よくやった」 とのお誉めにあずかり、頼朝の身柄はそのまま宗清に預けおかれた。
『将門記・陸奥話記・保元物語・平治物語』 発行所:小学館  ヨ リ
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