〜 〜 『 寅 の 読 書 室  Part T-W』 〜 〜
平 治 物 語 (下)

2012/09/12 (水) 金 王 丸 尾 張 よ り 馳 せ 上 る 事

さるほど に、玄光げんくわう鷲栖わしのすとど まりければ、金王丸こんわうまるみやこ ににけり。常葉ときは が宿所にいた り、このよし を申しければ、 「都を落ちあせたまふとて、なんぢ使つかひ にて、『見参げんざん すべけれども、かたき は続く、ひま もなく でつるなり。東国より人をのぼ せ候はんずるぞ。をさな き者どもあひ して、その時、くだ りたまへ』 とのたま ひしかば、 『御こころざしうす ければこそ、ひま もなからむめ。くだ りたらん時は、 ず、このことをこそ申さんずらめ』 と思ひつるに、むな しくなりたまひぬる悲しさよ」 とてなげ きける。
今若いまわか とて七歳、乙若おとわか とて五歳、牛若うしわか とて二歳になるがおはしけり。
牛若殿は、幼ければ、是非ぜひ をも知らず、七つ五つになるをさあ い人々、金王丸こんわうまるたもと き、 「父御前ごぜ何処いづく におはしますぞ。我等われら してまい れや」 とて、泣きたまへば、金王、涙を流し、申しけるは、 「これは急ぎたる御使つかひ にて候ふ。明日は御むかひまゐ るべし」 とて、とかうこしらへ奉り、いとま 申して、走り で、ある山寺にてもとどり 切り、法師ほふし になりて、諸国七道修行して、義朝よしとも の御菩提ぼだいとぶら い奉る。やさしくぞおぼ えける。

さて、玄光は鷲栖に留まり、金王丸は都に向かった。そして、常葉の宿所へ行き、事件のことを報告したところ、 「都を落ちなさるということで、 お前を使いとして、 『内々会いたいことだが、敵は続々とやって来るし、ゆっくりする間もないので、都を出ることにした。東国から迎えの者を寄こそう。その時は、幼い子供たちを連れて下るように』 とおっしゃたので、 『私を思う気持が薄いので、ちょっとでも立ち寄る暇もないのでしょう。東国へ下ることが出来た時は、まずこのことを申しあげよう』 と思っていたのに、それも出来なくなってしまったことが悲しい」 と歎いた。
今若といって七歳、乙若といって五歳、牛若といって二差になる子がいた。
牛若殿は、幼いので、何もわからずにいたが、七つと五つになる幼い子は、金王丸の袂に取り付いて、 「父はどこにいらっしゃるの、我らを連れて行って」 と泣く。金王丸も涙を流して、 「突然の使いなので、明日お迎えに参りましょう」 と、あれこれ言いつくろって、別れを告げて走りその場を立ち去って、ある山寺で髻を切り、法師になって、諸国七道修行して、義朝の御菩提を弔った。本当に主君思いのことである。

『将門記・陸奥話記・保元物語・平治物語』 発行所:小学館  ヨ リ
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