かように騒
ぎければ、玄光、走り出で、金王に、 「いかにや」 と言へば、 「頭殿、討たれさせたまひぬ。鎌田も討たれぬ。いかがせん」 と言へば、 「いざ、さらば、長田め、討たん」
とて、常居つねゐ の方かた
へ走り入りたれば、長田は逃げて失せにけり。 「さらば、討う
ち死じ にせよや」 とて、背中合うしろあは
せになりて、さんざんに斬って廻まは
りければ、面おもて を向むか
ふる者もなし。七、八人斬り伏せて、馬屋むまや
へ走り入り、馬二疋ひき 引き出い
だし、打う ち乗の
り打ち乗り、 「止とど めよ、者ども、止と
めよ」 とて、落お ちけるが、敵かたき
に背中うしろ を見えじとや思ひけん、玄光は、逆馬さかむま
に乗りてぞ馳は せたりける。 |
このような騒ぎを聞きつけ、玄光が走り出て、金王丸に
「どうした」 と聞いたところ、金王丸は、 「頭殿が討たれてしまいました。鎌田も討たれた。どうしよう」 と答える。そこで、玄光は、 「こうなったら、もう、長田めを討つだけよ」
と、居間に走り入ったが、長田は逃げてしまっていた。そこで、 「一緒に討ち死にしろ」 と言って、玄光と金王丸は背中合せになって、さんざんに斬って回ったところ、誰も向かって来る者はいなかった。七、八人斬り殺したところで、馬屋に入り、馬を二頭引き出して、これに乗って、
「かかって来い。者ども、かかって来い」 と叫びながら逃げたが、敵に背中を見せまいと思ったのだろうか、玄光は後ろ向きに馬に乗って走らせた。 |
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鎌田が妻女さいじよ
、宵よひ よりこの事を聞きしかば、
「人ひと して知らせばや」 と思ひけれども、傍かたは
らに押お し籠こ
められて、人ひと 一人いちにん
も付つ かざりければ、知らするに及およ
ばず。鎌田討たれぬと聞きこ えしかば、走はし
り出い で、鎌田が死骸しがい
に取り付きて、言ひけるは、 「我をば、いかになれとて、捨て置きて、先立さきだ
ちたまふぞ。空むな しくなるとも、同じ道にとこそ契ちぎ
りしか」 とて歎なげ きけるが、
「親子なれども、睦むつ まじからず。憂う
き世よ にあらば、また、かかる事をもや見んずらん。さらば、連つ
れて行かん」 とて、鎌田が刀かたな
を未いま だ人も取らざりければ、彼か
の刀を取りて、心もとに差さ し当あ
て、うつ伏ぶ 様さま
に伏ふ しければ、刀は後うし
ろへ分わ きて出い
ず。二十八にて、鎌田が死骸しがい
に伏ふ し添そ
ひて、同じ道にぞなりにける。 長田、この由を見て、 「義朝を討つは、子供を世にあらせんためなり。いかがせん」 と歎なげ
かれけれども、効かひ ぞなき。頭殿の御首くび
と鎌田が首を取りて、躯むくろ
をば一ひと つ穴あな
に掘り埋うづ む。 「世にあらんと思へばとて、相伝そうでん
の主しゆう と現在の婿むこ
を討つ、長田庄司忠致は不当ふたう
なり」 とぞ申しける。 「異国の安禄山あんろくざん
は楊貴妃やうきひ を失うしな
ひ奉る。安禄山は子息しそく 安慶緒あんけいしよ
が手に懸か かりて、安慶緒は臣下史思明ししめい
が手に懸かり、失うしな はる。我わ
が朝てう の義朝は、保元ほうげん
の合戦かつせん に父ちち
の頸くび を斬き
り、平治の今は長田が手に懸かりて討たれぬ。忠致相伝の主なれば、行ゆ
く末すゑ いかがあらんずらん、恐おそ
ろし恐ろし」 とぞ人々申しける。 |
鎌田の妻は宵のころから、この計画を聞いていたので、
「使いの者を出して知らせたいもの」 と思ったが、別室に押しこめられ、人一人も付いていないので、知らせることが出来なかった。鎌田が討たれたと聞き、走り出て、その死骸に取り付き、
「私をどうしろということで捨て置いて、先立ちなさったのですか。たとい、死んでも、死後も同じところでと約束したはずです」 と歎いた。鎌田の妻は、さらに、 「わが父長田とはあまり睦まじくありません。こんなつらい世に生きていると、また、このようないやなことを見ることになるかも知れません、いっそのこと、ご一緒します」
と言って、鎌田の死骸がいまだ握ったままで入いる刀を取り上げて、自分の心臓にさしあて、うつ伏しざまに伏したところ、刀は背中のほうに突き出た。二十八歳で、鎌田の死骸に寄り添い伏して、ついに亡くなった。 長田は、この様子を見て、
「義朝を討ったのも、子供が時めいてくれればと思ってしたことだ。どうしたものか」 と歎いたが、今更どうしようもない。頭殿と鎌田の首を取り、死体のほうは同じ穴に埋めた。 「自分が時めきたいからというだけで、相伝の主と婿を討った、長田庄司忠致は理不尽だ」
と人々は噂しあった。 また、 「異国の安禄山は楊貴妃を殺した。安禄山は子息安慶緒の手にかかり、安慶緒は臣下史思明の手にかかって殺された。わが朝の義朝は、保元の合戦で父の首を斬り、平治の今、長田の手にかかって討たれてしまった。忠致にとって相伝の主であるからには、これからどうなることやら、恐ろしいこと、恐ろしいこと」
と人々は言いあった。 |
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『将門記・陸奥話記・保元物語・平治物語』 発行所:小学館 ヨ
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