さて頭殿は、鎌田を呼び寄せ、
「東海道は、もはや宿々警護が厳しいようだ」 と語りかけ、さらに重ねて、 「そうとなれば、東海道を下ることは不可能というもの。ここから、尾張国内海へ行こうと思うが、どうだ」
と相談したところ、鎌田は、 「鷲栖の玄光という者は、大炊の弟です。老いた山法師ですが、剛勇の者です。ぜひ頼んでごらんなさい」 答えた。そこで、金王丸を使いとして遣わし、
「ここから海上を渡し、尾張の内海へ行きたいが、どうしたものだろうか、ぜひ力を貸してくれ」 と頼んだところ、玄光は、「このようなこと以外で、どうして左馬頭殿の御依頼を受けることがあろうか。喜んで」
と返答、早速、小舟一艘を探し出して、これに左馬頭殿、平賀四郎、鎌田兵衛、金王丸の四人を乗せ、上には柴木を積んで、玄光一人棹をさして、杭瀬川を下った。折戸に関所を構えて、下り舟を探していたが、
「この舟を寄せよ」 と命じられても、玄光は聞えぬふりをして、舟を下そうとしたので、関の者どもは、 「憎らしい法師め」 とののしり、矢を番え射放したところ、その矢は舷につきささった。玄光は少しもあわてず、
「いったい何事で」 と言いながら寄っていった。関の者どもは、 「左馬頭殿が都を落ち延びたが、その行方がわからなくなったとのことだ。このような非常時には、小舟、柴舟の中も怪しいから探そうとしているのに、どうして、聞えぬふりをして通り過ぎようとするのか、この坊主めが」
と言う。玄光は 「まあまあ、つべこべ言わないで、御覧あれ」 と言いながら舟を寄せた。 |