さて、兵衛佐頼朝のご様子は承るにつけ、心うたれる。雪の中に置き去りにされて、
「正清はいないのか、金王丸はいないのか」 とお呼びになっても、返答はなかった。夜中、雪の中をさ迷ったが、小関の方には向かわず、小平という山寺の麓の里に迷い出た。東雲がほんのり明るくなる頃、小家の軒の下に立ち寄って、中の話を立ち聞きしていると、家の主人と思われる男が眼を覚まして、
「ああ、この山に落人がいるのだろうか」 など言うと、妻女と思われる女の声で、 「落人がいると、どうしたの。落人を捕まえることなど出来もしないことばかり言って」
と言う。そこで、主人がまた、 「出来ないことかも知れないが、左馬頭殿を始として、ご子息たちが大勢都から逃げ出したが、この山を通りかかるということだ。この雪では、どうして先に進むことが出来よう。捕えて、平家の御覧に入れ、それぞれ働きにふさわしい賞にあずかりたいものよ。さあ、山を探してみようか」
と言うので、佐殿はそこを静かに立ち去り、ある谷川の端の石に腰かけてひと休みすることにした。佐殿は、刀を抜き、 「この際、神仏に誓願でもしたものか、どうしよう」
と考えあぐねていたところ、この里には鵜飼が一人いたが、それがふと佐殿を見付けて走り寄り、 「あなたは左馬頭殿のご子息でいらっしゃるか」 と問いかけた。佐殿が返事もしないでいると、鵜飼が言うには、
「左馬頭殿のご子息でいらっしゃるのなら、どうしてお隠しになることがあろうか。平家の侍どもが、左馬頭殿の後をつけて都から出向いているということです。しかも、左馬頭殿はこの山に籠もっていると言って、山を探していたが、どうも山にはいないようだということになり、今は平家の武士ども、里に下って、家毎に探そうということになったようです。つらい目に遭いなさるな。どこぞなり身を潜めなさい」
と佐殿にまことに好意的であった。 |