たそがれ時も過ぎて、行き交う人もいなくなった。このままでは明日まで生きているのは難しいと思われた。常葉は、
「ああ、私たちの素性を見知らない、山里人の草庵はないものか。今夜一夜だけでも、どこかに宿を借り、子供を助けなければ」 と思案していたが、炊事のためか火が燃えている光が見えたのを頼りに近付き寄り、竹の編み戸をたたいてみたところ、この家の主人と思われる年配の女が戸を開けて出て来た。常葉を見て、いかにも怪しそうに見守り、
「どうしたの。しっかりお世話してくれる人も連れず、その上、幼い子供連れで、この雪の中をどこへ行こうとしていらっしゃるの」 と問いかけた。常葉は、 「それでございます。夫が私を邪慳にするので、恨めしくて、子供を連れて家を出ましたが、あいにく雪まで降ってきて、道を間違えてしまいましたの」
としょんぼりとした様子で、なんとか気分だけは紛らそうとして、快活なふりを装ったけれども、心は偽ることが出来ず、涙があふれるほど出て来た。主人は、 「何かあるのだろうと怪しんではいあたが、確かに普通のお方ではありますまい。このように乱れた世の中であるので、然るべき北の方でいらっしゃるのでしょう。行方知らずになった人を匿って、老い衰えた下々の身が、たとえ六波羅から呼び出しを受けて捕らえられ、恥をかかせられて命を失うような目に遭おうとも、このまま追い出すわけにはいきますまい。この里の慣い、誰だってお引き受けいたしますよ。これまで野山にいらしたのでしょう。こんなに寒くて耐え難いのに、そんなことをしていたら、明日までだってどうして生きておられましょう。この里には家も多く、門もたくさんあるというのに、わざわざわが家にと思いつかれたのは、何か不思議なご縁があるということなのでしょう。取り散らかして見苦しい家ですが、お入りなさい」
と呼び入れてくれた。わざわざ新しい莚を出してきて、敷いてくれる。火を炊いてくれて暖まり、食事をすすめてくれた。常葉は思いも寄らぬ厚意に嬉しく、これまでの苦労も思い出されて胸がいっぱいになり、少しも食べなかった。子供をあれこれあやしながら食事をさせた。常葉にとって、
「これはもう清水観音のお助けであるに違いない」 と思われ、これからのことにも希望が出て来た。 |