〜 〜 『 寅 の 読 書 室  Part T-V』 〜 〜
和 泉 式 部 日 記

2012/08/02 (木) だれ の つ れ づ れ ─ 厭 世 の 思 い

雨うち降りていとつれづれなる日ごろ、女は雲間なきながめに、世の中をいかになりぬるらむとつきせずながめて、 「すきごとする人々はあまたあれど、ただ今はともかくも思はぬを。世の人はさまざまに言ふめれど、身のあればこそ」 と思ひて過ぐす。宮より 「雨のつれづれはいかに」 とて、
『おほかたに さみだるるやと 思ふらむ 君恋ひわたる 今日のながめを』
とあれば、折を過ぐしたまはぬををかしと思ふ。あはれなる折しもと思ひて、
しの ぶらむ ものとも知らで おのがただ 身を知る雨と 思ひけるかな』
と書きて、紙のひとへをひき返して、
『ふれば世の いとど憂きのみ 知らるるに 今日のながめに 水まさらなむ』
待ちとる岸や」 と聞こえたるを御覧じて、たちかへり、
『なにせむに 身をさへ捨てむと 思うふらむ あめの下には 君のみやふる』
たれも憂き世をや」 とあり。

五月雨が降りつづいて、ひどくつれづれなこの何日か、女は晴れ間のない長雨のうっとうしさに、私の身の上はいったいどうなるのだろうと、果てることのない物思いにふけって、 「言い寄ってくる男たちはたくさんいるけれど、今の私は何の気持も起こらないのに。世間ではあれこれ言っているらしいが、それも私が生きているからこそつらい目にもあうのだ。どこかに隠れてしまいたい」 と思ってすごしていた。
宮から 「この雨のつれづれをどうしておいでですか」 とおたずねになって、

『ごく普通の五月雨が降っているとお思いでしょう。じつはあなたを恋いつづける物思いの涙が、今日の長雨になっているのですよ』

と書いてあるので、時機をはずしなさらぬ御文をうれしく思った。ちょうどしんみり物思いをしていた折にくださったので、

『私を慕んでくださった涙の雨とも知らず、わが身の悲しさから降る涙の雨とばかり思っていました』

と書いて、その紙の一枚を裏返しにして、

『この世に生きながらえますと、つらいことばかり次々に知られますので、今日の長雨で水が増して私を流してほしいと思います』

私を救い上げてくれる彼岸はあるかしら」 と申し上げたのを御覧になり、すぐに、

『なんでわが身まで捨てようと思うのです。この世の中にはあなただけ生きているのではありません』

誰でもつらいこの世なのです」 と書かれた。
『和泉式部日記』 校注・訳者;藤岡・中野・犬養・石井 発行所:小学館 ヨリ
Next