雨うち降りていとつれづれなる日ごろ、女は雲間なきながめに、世の中をいかになりぬるらむとつきせずながめて、
「すきごとする人々はあまたあれど、ただ今はともかくも思はぬを。世の人はさまざまに言ふめれど、身のあればこそ」 と思ひて過ぐす。宮より 「雨のつれづれはいかに」
とて、 |
宮
『おほかたに さみだるるやと 思ふらむ 君恋ひわたる 今日のながめを』 |
|
とあれば、折を過ぐしたまはぬををかしと思ふ。あはれなる折しもと思ひて、 |
女
『慕 ぶらむ ものとも知らで
おのがただ 身を知る雨と 思ひけるかな』 |
|
と書きて、紙のひとへをひき返して、 |
女
『ふれば世の いとど憂きのみ 知らるるに 今日のながめに 水まさらなむ』 |
|
待ちとる岸や」
と聞こえたるを御覧じて、たちかへり、 |
宮
『なにせむに 身をさへ捨てむと 思うふらむ あめの下には 君のみやふる』 |
|
たれも憂き世をや」
とあり。 |
五月雨が降りつづいて、ひどくつれづれなこの何日か、女は晴れ間のない長雨のうっとうしさに、私の身の上はいったいどうなるのだろうと、果てることのない物思いにふけって、
「言い寄ってくる男たちはたくさんいるけれど、今の私は何の気持も起こらないのに。世間ではあれこれ言っているらしいが、それも私が生きているからこそつらい目にもあうのだ。どこかに隠れてしまいたい」
と思ってすごしていた。 宮から 「この雨のつれづれをどうしておいでですか」 とおたずねになって、 | 『ごく普通の五月雨が降っているとお思いでしょう。じつはあなたを恋いつづける物思いの涙が、今日の長雨になっているのですよ』
|
| と書いてあるので、時機をはずしなさらぬ御文をうれしく思った。ちょうどしんみり物思いをしていた折にくださったので、 | 『私を慕んでくださった涙の雨とも知らず、わが身の悲しさから降る涙の雨とばかり思っていました』
|
| と書いて、その紙の一枚を裏返しにして、 | 『この世に生きながらえますと、つらいことばかり次々に知られますので、今日の長雨で水が増して私を流してほしいと思います』
|
| 私を救い上げてくれる彼岸はあるかしら」
と申し上げたのを御覧になり、すぐに、 | 『なんでわが身まで捨てようと思うのです。この世の中にはあなただけ生きているのではありません』
|
| 誰でもつらいこの世なのです」 と書かれた。
|
|
『和泉式部日記』 校注・訳者;藤岡・中野・犬養・石井 発行所:小学館 ヨリ
|