人の命ほど頼み少なく、また、ままにならぬものはない。病気だった吉三郎はいっそ死んでしまえば恨みも恋もなかったであろうに、お七の百ヶ日に当る日、初めて床上げして、杖
を頼りに、寺の境内けいだい を静かに歩いてみたところ、卒塔婆の新しいのがあるので注意して見ると、お七の名が書いてあったのに驚いて、
「そんなことになっていたとは、知らぬことではあったが、人はそうは言うまい。気おくれして死ねなかったように噂うわさ
されるのも残念だ」 と、腰の刀に手をかけたのを、法師たちが取りすがって、さまざまにとどめ、 「どうしても死なねばならぬ命なら、長い年月懇ねんご
ろにされたお方に暇いとま 乞ご
いをなさって、長老様にもわけを話して了解を得た上で、最期をとげられるがよい。というのは、あなたは兄弟の契約をされた方が、この寺へお預けになったのですから、その方の手前、迷惑いたします。あれこれよく考え合わせられ、この上さらに悪い評判が立たぬように」
と諫いさ めたところ、この道理を納得して、自害は思いとどまったけれども、とにかくこの世にながらえるつもりではなかった。
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