ようやく下女と手を組んで手車
にかき乗せ、ちゃんとした寝間にお入れして、手の力の続くかぎりさすって、いろいろの薬を飲ませ、少し笑顔が出るようになったのでうれしく、 「盃事さかずきごと
して、今夜は心の中にあるかぎりをすっかりお話ししてしまいましょう」 と喜んでいるところに、親父おやじ
が帰って来られたので、再びつらい目にあうことになった。 吉三郎を衣桁いこう
の陰に隠して、何くわぬ様子で、 「ほんとに、おはつ様は親子ともご無事でしょうか」 と言うと、親父は喜んで、 「一人の姪めい
のことだから、あれこれと心配したけれど、これで重荷をおろした」 と、上機嫌で、産衣うぶぎ
の模様のせんさくを始めた。 「万事めでたい物尽くしで、鶴亀松竹の摺箔すりはく
としてはどうだろう」 と言われるので、 「そんなにお急ぎになられなくとも、明日ゆっくり落ち着いてお考えになったらよろしゅうございましょう」 と、下女ともども口をそろえて言うと、
「いやいや、このようなことは早い方がよいのだ」 と、鼻紙をたたんで木枕にあてがい、ひな型を切られるのにはうんざりしてしまった。 ようやくその産衣騒ぎも過ぎて、いろいろとだましすかして親父を寝かしつけ、さてその後、積もる思いも話したいとは思うものの、襖ふすまく
一重の隔てであるから、話し声がもれるのが恐ろしく、燈火の影に硯すずりく
と紙とを措いて、心の中を互いに書いて見せたり見たりした。考えてみると、これこそ鴛鴦おし
の衾ふすま ならぬ?おし
の衾ふすま と言うべきであろうか。一晩中書き口説くど
いて、明け方に別れたが、そんなことではこの上ない恋の思いを語りつくすことが出来なかった。さてもつらいこの憂世うきよ
である。 |