ならひ風はげしく、師走
の空、雲の足さへ早く、春の事ども取急とりいそ
ぎ、餅もち 搗つく
く宿やど の隣となり
には、小笹おざさ 手毎てごと
に煤掃すすはき するもあり。天秤てんびん
のかねさえて、取遣とりや りも世の定めととていそがし。棚下たなじた
を引連ひきつ れ立ちて、 「こんこん小盲こめくら
に、お一文もん 下されませい」
の声やかましく、古札ふるふだ
納をさ め、雑器売ざつきうり
、榧かや ・かち栗・鎌倉かまくら
海老えび 、通町とほりちやう
には破魔弓はまゆみ の出見世でみせ
、新物しんぶつ ・足袋たび
・雪踏せつだ 、 「足を空にして」
と、兼好かねよし が書出し思ひ合あは
せて、今も世帯持せたい つ身のいとまなき事にぞありける。
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東北ならい
風が激しく吹いて、師走しわす
の空は雲の行き交いさえせわしく、人々は正月の用意をあれこれ取り急ぎ、餅もち
をつく家の隣では、手に手に笹竹ささだけ
を持って煤掃すすは きをする家もある。銀貨をはかる天秤てんびん
の針口をたたく響きも冴さ え渡って、大節季のお金の遣り取りをするが、これも世のきまりなのでせわしいことである。店の軒下を乞食こじき
どもが連れ立って、 「こんこん小盲こめくら
にお一文下されませ」 という声もやかましく、古札納め、雑器ざつき
売り、榧かや ・かち栗ぐり
・鎌倉かまくら 海老えび
を売り歩く声、通町とおりちょう
には破魔弓はまゆみ を売る出店、仕立ておろしの着物・足袋たび
・雪踏せった の店まで並び、
「足を空にして」 と兼好法師が大晦日おおみそか
のさまを書いているのに思いを合わせて、昔も今も世帯もつ人々の年の瀬はちょっとの暇もないことである。 |
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はやおしつめて二十八日の夜半やはん
に、わやわやと、火宅くわたく
の門かど は、車長持くるまながもち
引く音、葛籠つづら 、懸硯かくすずり
、肩に掛けて逃ぐるもあり、穴蔵あなぐら
の蓋ふた とりあへず、軽物かるもの
を投なげ 込みしに、時の間の煙となって、焼野やけの
の雉子きぎす 子こ
を思ふがごとく、妻をあはれみ、老母をかなしみ、それぞれの知るべの方へ立退たちの
きしは、さらに悲しさ限りなかりき。 |
もはや押しつまった暮れの二十八日の夜中に火事が起こった。がやがやと、焼ける家の前を、車長持を引いて行く音、葛籠つづら
や懸硯かけすずり を肩に掛けて逃げて行く者もある。穴蔵あなぐら
の蓋ふた を取る間も遅しと絹物類を投げ込むが、それもたちまち煙となって、焼野の雉子きぎす
が子を思うように、人々は子を思い、妻をあわれみ、老母をいたわるながら、しれぞれ縁故を頼って非難していったのは、まったく悲しい限りであった。 | 『井原西鶴集
一』 佼注・訳者;暉峻 康隆・相賀 徹夫 発行所:小学館 ヨリ |
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