〜 〜 『 寅 の 読 書 室  Part T-V』 〜 〜
姿 姫 路 清 十 郎 物 語

2012/07/13 (金) 状箱じやうばこ は宿に置いて来た男 (三)

案のごとく、清十郎 し出されて、思ひもよらぬ詮議せんぎ にあひぬ。但馬たじま内蔵うちぐら金戸棚かねとだな にありし小判七百両見えざりし。これはお夏に盗み出させ、清十郎取りて逃げしといひ触れて、折節おりふし 悪しく、この事ことわり立ちかね、哀れや、二十五の四月十八日に、その身を失ひける。さてもはかなき世の中と、見し人、袖は村雨むらさめ の夕暮をあらそひ、惜しみ悲しまぬはなし。
その後、六月のはじめ、よろづの虫干むしぼし せしに、かの七百両の金子きんす置所おきどころ かはりて、車長持くるまながもち より出けるとや。 「物に念を入るべき事」 と、子細しさい らしき親仁おやぢ の申しき。

お夏の心配したように、清十郎の身に不幸がふりかかった。寝耳に水の町奉行所の召し出しをうけると、思いもよらない嫌疑がかかってきたのだ。但馬屋の内蔵の戸棚にあった小判七百両がなくなっているのを、これはお夏に盗み出させて、清十郎が持ち逃げしたとしての詮議である。
もとより無実だったが、さきごろいらいの事情のもとに清十郎の立場が悪く、申し開きが立ちかねて、罪を負わされ、あわれにも二十五歳の四月十八日に処刑されて命を失った。さてもはかない世の中よ。清十郎の刑死を見た人びとの、袖をぬらす涙は夕暮れの村雨におとらず、惜しみ悲しむ声は天地に満ちた。
しかるに、こともあろうに、そのあと六月初旬但馬屋において虫干しをしたところ、例の七百両の金子の置き場所がかわっていて、内蔵の長持ちの中から出て来たという。但馬屋の主人がもっともらしい顔つきで、 「物事には念を入れるべきだ」 と語ったと、伝える。

『現代訳 西鶴名作選』 訳者:福島忠利 発行所:古川書房 ヨ リ
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