あちらこちらからの心入れに接した清十郎は、うれしいばかりではなかった。いちいち恋文への返事を書くのもわずらわしく、折にふれて人生の悲哀も感じたが、そのうちに気疲れがかさなって、ときに夢にうなされるありさまとなった。 こうして清十郎は、しだいに店の勤めもおろそかになったが、それには美しいお夏がよすがを求め、心を尽くして、数々の恋文をよこした事も影響した。清十郎はついにお夏に動かされた。しかし、人目の多い家のことで、忍びあうことが出来ず、煩悩の火に責められ、恋情やつれて、むなしく月日の過ぎるのを嘆くほかなかった。 ようやく互いの声を聞きあえるのを楽しみにして、何事も命あっての物種というからには、生きていさえすればこの恋のとげられる日もあろうろ、心を通わせていたが、その両人のあいだに関を立てかまえるのが兄嫁であった。きびしく二人の仲を警戒し、毎夜を油断なく店と奥との中戸をさしかため、火の用心をしつつ引き合わせ式の車戸を閉め切るのだが、その音がお夏清十郎にとっては雷鳴よりおそろしく感ぜられた。 |