あるとき清十郎が家の中女中に頼み込んで、ふだん着の帯びの幅を奉公人らしくせばめようとした。 頼まれた女中が帯の縫い目をほどいてみると、清十郎が挟み込んだと見える古い手紙が現れた。読むと話に読んでみれば、十四、五通の手紙の宛名はすべて
「清さま」 とあるが、差出人は異なり、花鳥・浮き舟・小大夫・明石・卯の葉・筑前・千寿などとなっているので、つまりは室津の遊女が清十郎に宛てた手紙だ。 気配を察してやって来たお夏が女中とともに読みふける。どの手紙の内容も、例外なく女郎のがわが深く執着して、気をはこび、命も投げ出さんばかりで、職業柄のお世辞めいたところがなく、誠心誠意の筆のあゆみである。 「これなら遊女といってもバカにできないし、遊女相手の放蕩をした男の方も遊びがいがあったに違いない。それにしても、これだけ多数の女に恋い慕われるのだから、内にひめた良さやゆかしい味わいのある人なのでしょう」 お夏の清十郎に寄せる関心は、いつとはなく愛にかわり、明けても暮れても思いが清十郎を離れなくなった。我が身は抜け殻がもの言うごとくで、魂は清十郎の懐にいりびたり、春の花を闇と見るかと思えば、秋の月を昼とみたりした。また、雪のあけぼのも白く見えず、夕方のほととぎすの鳴き声も耳にはいらず、盆も正月もしかとわきまえない。 やがて、清十郎への恋心が目つきにあらわれ、言葉の端々にもにじむようになったので、お夏側近の女たちはそにょうな一途な恋をなんとか成功させてあげたいと考える。 が、同じように清十郎を思慕する競争相手がいて、たとえば縫い奉公をする女中は、得意の針で血をそぼり、心のたけを血文にしたためた。また、ひとの頼んで男の筆跡による恋文をあつらえた女中がそれを清十郎の袂に投げ込み、主人に仕えるのが役目で店頭に用がないはずの腰元がわざわざ茶を店に運んで来て、清十郎にすり寄った。 乳母のひとりは、主人の子にことよせて近づき、この子を清十郎に抱かせた上、膝に小便をしかけさせ、
「あなたも早くこのお子にあやかって、子持ちにおなりなさい。私も美しい赤子を産んでからこの家の乳母にあがりました。夫というのが能無しの男で、今は肥後の熊本に行って奉公していると聞くが、離婚した時にちゃんと証文をとってあるので、私はれきっとした独り者なんですよ。生まれついての横ぶとりだけれど、口は小さいし、髪も少しはちぢれていて、男に好かれますのよ」
と、甘ったるいひとり言をいった。 台所で働く下女はまたそれらしく、金杓子
を片手にしてお惣菜をもりつけるさい、清十郎の皿には魚の骨や頭をよけて肉ばかりまわそうと、しきりに気をつかう。 |