〜 〜 『 寅 の 読 書 室  Part T-U』 〜 〜
保 元 物 語 (下)

2012/06/15 (金) 為朝生捕り遠流に処せられる事 (三)

所の土民どみん 、これを見て、領主りやうしゆ 佐渡兵衛尉さどのひやうゑのじよう重貞しげさだ に告げたりければ、 「あはれ、これは鎮西の八郎よ」 と思ひて、見知りたる雑色ざふしき のあるをつか はして、見せたりければ、 「疑はぬ、八郎殿にておはしまし候ふ」 と申しければ、重貞が家子いへのこ ・朗等を始として、所の住民 に至るまでもよほ し集め、三百余人押し寄せて、湯屋を四重よへ 五重いつへ に押し囲み、その中にしたたか者十四、五人えら びて、わざ太刀たち ・刀をば持たせず、湯屋の中へ入り乱れて、左右さう なくから らんとす。為朝、騒がず、ずんと立ちて、三人手組てく みて寄るところ を、三人ながらつか うで、押し合はせ、ひしひしと め殺して、捨ててけり。また、 「さな言はせそ」 とて、前後左右より続いて寄る二人をば、掴んで引き寄せ、頭と頭を打ち合はせ、ひしいで げて、一人いちにん をば湯桁ゆげた に押し当てて、頸 ぢ切って、 だす。あるいは、こぶし にて胸を突かれ、のぞけざまに倒れて死ぬもあり。腰の骨 み折られて、ぼが るる者もあり。かかりければ、そののち は、続いて入る者もなし。湯屋のうち 騒動して、男女なんによ 、あわてまど ひ、走り出ず。 「さらば、湯屋に火を けて焼き殺せや」 とののし りければ、湯屋を やぶ りて でけるが、柱を一本引き抜きて、うちかづ きて走りければ、大勢追ひかかる。立ち帰りて、打ち殺し、叩き殺し、散々さんざん に振舞ひけれども、重病じゆうびやう 日数積りて、合期がふご ならぬ時分になりけるあひだ、しばらくこそありけれ、足手もすくみ、力弱りて、走り倒れたりけるを、者ども、走り寄り走り寄り、ここかしこに取り付く程こそありけれ。落ち重なり落ち重なり、つか く。しば しこそこぶし にて打ちのけ打ちのけしけれども、次第に力疲れにければ、心はたけ く思へども、おめおめ られにけるぞ無慙むざん なる。

在所の土民、これを見て、領主佐渡兵衛尉重貞に報告したところ、 「ああ、これは鎮西の八郎よ」 と思い、八郎を見知っている雑色がいたのでそれをやってうかがわせた。 「疑いなく、確かに八郎殿でいらっしゃる」 と言うので、重貞の家の子・朗等を始め、土地の住民に至るまで呼び集めて三百余人で押し寄せ、湯屋を四重五重に囲み、その中から剛の者十四、五人を選んで、わざと太刀や刀を持たせず、湯屋の中にどっと乱入して、無理矢理搦め取ろうとした。為朝はあわてることなくつと立って、三人が手を組んで寄るところを、三人もろとも掴んで一まとめにし、絞め殺し放り捨てた。また、 「そうは言わせるな」 とばかり、前後左右から続いて攻めかかる二人を掴んで引き寄せ、頭と頭をがつんとぶつけ、無理矢理放り投げて、一人は湯桁に押し当て、首をねじ切って投げ出した。また、拳で胸を突かれ、あおむけに倒れて死ぬ者もいる。腰を踏み折られ、命からがら逃げる者もいる。このようなありさまで、その後は続いて入ろうとする者はいなかった。湯屋の中は大騒動で、男女あわてとまどいながら、走り出た。 「こうなったら、湯屋に火をかけて焼き殺せ」 と大声で命令しているのが聞こえたので、為朝はたまらず湯屋を蹴破って出て来た。柱を一本引き抜いて走りまわるところを、大勢で追いかけた。為朝は戻って来て、追いかけて来た者を打ち殺し、たたき殺して大変な暴れようであったが、長いこと重病を患い、思うにまかせない体だったので、つかの間はともかく、だんだん足や手もすくんで、力弱り、走り倒れたところを、者どもが走りより、あちこち取り付くや、落ち重なり落ち重なりして、つかみかかった。しばらくは拳をふりまわして追い払おうとしたが、だんだん疲れ、心ははやるのだが、かなわず、おめおめと生捕りにされたのはいたましいことであった。

やがて都へあひ してのぼ り、内裏だいり て参りたり。謀叛むほん次第しだい こし しけれども、 「何事をかは申すべき」 とて、物 はず。 「聞ゆる者、叡覧えいらん ならん」 とて、周防判官すはうのはんぐわん 李実すえざね け取りて、北の陣を渡す。 「鎮西八郎こそ生け捕られて渡さるるなれ、いざや見ん」 とて、洛陽らくやう 九重ここのへむま くるま りあへず、上下くん をなして、物見の者雲霞うんか のごとし。為朝に赤帷あかかたびら に白き水干すいかん を着せたり、たけ 七尺に余り、八尺に及べり。 せ黒みて、すぢ ほね こと に高く、まなこ 大きに、口ひろし。その姿、更に凡夫ぼんぷたぐひ とは見えず。少しもおく もなく、四方をにらみまは して、渡りけり。正清まさきよ が射たりけるとて、左の頬先ほほさき 少し欠けたりけるが、未だ えざりけり。見物の者ども、これを見て、 「あな、おそろ しの気色けしき事柄ことがら や。ことわり にこそ、多くの人種ひとだね をも亡ぼしてけん。鬼神おにがみ化物ばけもの などいふも、かようにこそあるらめ」 とて、万人ばんにん した を振りてののし りあへり。重貞しげさだ は、別功べつこう に納まり、左衛門尉になりてけり。

直ちに連行して都へ上り、内裏へ到着した。謀叛の事情について尋問したが、 「何も言うことはない」 とだけで、ものを言わない。 「評判の者を天皇がご覧になる」 ということで、周防判官李実が受け取って、北の陣に連行した。 「鎮西八郎が生け捕られて、連行されるそうだ。行って見よう」 と、都の中は、馬や車をよけることも出来ぬぐらい、ありとあらゆる人々が群れ集まり、見物の者どもは雲霞のごときありさまであった。為朝には赤い帷に白い水干を着せていた。為朝の丈は七尺をこえ、八尺にも及ぶほどであった。痩せ黒ずんで、筋骨たくましく、目は大きく、口は広い。その様子はとても凡夫の及ぶところではない。少しも臆した様子はなく、四方をにらみまわして連行された。正清が射たとおぼしく、左の頬先がちょっと欠けて、まだ傷は直っていなかった。見物の者どもはこれを見て、 「ああ、恐ろしいさまだ。多くの人を亡ぼしたというのも合点がゆく。鬼神や化物といっても、これほどではあるまい」 と、皆々恐れおののいた。重貞は特別な手柄として、取り立てられ、左衛門尉になった。

『将門記・陸奥話記・保元物語・平治物語』 発行所:小学館  ヨ リ
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