義通
、六条ろうでう 堀川ほりかは
へ告げ申さんとて、帰りたりければ、 「未いま
だ八幡やはた より下向げかう
したまはず」 と申しけるあひだ、やがて八幡の方かた
へ参り向ひけるほどに、赤井あかい
川原がはら にて行き合ひたり。母、義通が近付きける気色けしき
を見て、 「いかなる事をか聞かんずらん」 と、胸打ち騒ぎて、輿こし
の簾すだれ をあげて、 「いかに、いかに」
と宣のたま ひければ、義通、馬より崩くづ
れ落ちて、先ま ず涙をはらはらと流して、
「宣旨せんじ にて候ひし程ほど
に、力無く、入道殿も斬き られたまひ候ひぬ。公達きんだち
たちも、皆々みなみな 失うしな
ひ進まゐ らせて候う。これぞ御形見かたみ
にて候ふ」 とて、四裹よつつみ
の髪を取り出い だす。母、輿の内よりこぼれ落ち、形見かたみ
の髪を胸に当あ て、もだえこがれ、悲しみて、
「やよ、義通、願はくは、我をもともに害すべし。同じ道にぞ行かまし」 とて、声を立た
てて喚をめ き叫さけ
びたまひければ、賤いや しき舎人とねり
・輿舁こしかき にいたるまで、袖そで
を絞しぼ らぬはなかりけり。乳母めのと
の女房にようぼう 、泣く泣く申しけるは、
「路頭ろとう は人目も見苦しく候ふ。疾と
う疾と う御帰り候へ」 とて、輿に舁か
き乗せ奉る。 |