景親は景能を休ませるべく、あたりの小家の門を叩いたが、戸を開ける者とてなく、声をひそませていた。困り果て、ここに置こうか、あそこに捨てようかとしたが、
「助かる命なら助けてくれ」 と言うので、河原に下りて、とある小家に押し入って、そこにおろし、自分はもうひと戦と出ようとしたところ、景能は景親の鎧に袖をつかまえて、
「おい、ここは戦場だから、たった今にも兵どもが駆けて来て、敗残の者を探し求めて連行しようとした折、足が立つのならひと戦もできよう。取るに足らぬやつどもに押さえつけられて、首を取られることは残念でならない。家名を失い、武士としても恥ずかしいこと。我らの活躍ぶりを下野殿も直接ご覧ぬなったら、臆病で逃げ出したなど思うがずがない。頼む、助けてくれ」
と言う。景親は、 「近ごろ、我ら兄弟は不仲であった。だが、今が仲直りのいい機会」 と思い直し、 「あなたは景親にこれといって罪もないのに、常日ごろ、不忠の者といぶかしんでいた。しかし、いざという時は、景親が役に立つことおわかりか。他に、誰が助けてくれるというのか。日ごろの態度はどうしたことか。懲りなさったか」
と言ったので、景能は、意気地なく、 「わかった、これまでにことはともかく、これからはお前以上に自分に尽くしてくれる者はいないこと、よくわかった。何でも仰せに従うから」
とあやまったので、それではということになり、またかついでここを立ち去った。京中に隠しおこうとしたが、落人よと殺されるかも知れない、白河に隠しおこうかと考えたが、武具をかすめ取ろうとして盗人に倒されるだろうことを恐れた。兄の鎧も重代、自分の着けている鎧も相伝の大事な鎧、命以上に惜しんできた鎧よ。兄に鎧を脱ぎ捨てよというのも気がひける。そこで、兄も弟も鎧を着たまま、大炊御門から山科まで逃げのびたが、途中二ヶ所休んだだけで、とがめられる事もなく行き着き、知り合いの者に兄を預けて、景親はただちに走り帰って、その夜の合戦を戦った。人は皆その勇気を称えたことである。
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