仙洞
には、左さ 大臣殿だいじんどの
、また為義ためよし を召め
され、世間のことのどのどと御談義あり。判官はんぐわん
申しけるは、 「為義、既に老骨らうこつ
を振るひて参向さんこう 候ふ上は、所存の旨むね
を争いか でか一言申さでも候ふべき。仮令けりやう
案じ候ふに、内裏だいり に参り集ふ兵つはもの
は、その数候ふといへども、思ふにさこそ候ぬらめ。為義、この勢せい
をもって、などか防がでも候ふべき。若も
し適かな ひ難がた
くて、この御所を出い でさせたまひ候はば、南都なんと
へ御幸ごかう をなし奉り、宇治うぢ
橋はし を引きて、しばらく世間を御覧候ふか。猶なほ
適かな はず候はば、東国へ御幸をなし奉り、足柄あしがら
・箱根はこね を打ち塞ふさ
ぎて、東とう 八箇国はつかこく
の相伝さうでん の家人けにん
等ら 相あい
催もよほ し、都へ返し入れ進まい
らせ候はん事、案の内に候ふ」 と申しければ、左大臣殿、 「為義が重かさ
ねての申し状、その理ことわり
然しか るべし。但し、我が君は、これ、天孫てんそん
の末すえ を受けましまして、御裳みも濯川すそがわ
の流れ忝かたじけ なくましましき。縦たと
ひ御位を去りたまふといふとも、太上だいじやう
法皇ほふわう の第一の御子、御在位の間、万国穏おだやかなりき。一宮いちのみや
、また嫡々ちやくちやく の正統にてわたらせまします。しかるを、員外ゐんぐわい
の四宮しのみや に位を超えられまします事、神慮しんりよ
の御誤り、人望じんぼう の遺恨、ただこの事にあり。しかれば、この時いかなる御はからひもなくは、いづれの日をか期ご
しましますべき。されば、この御所を退しりぞ
きて、他所へ出い でさせましまさん事、一切いつさい
あるべからず。すべからく志を励まし、忠節ちゆうせつ
を抽ぬきん づれば、勲功くんこう
を極きは め、朝恩てうおん
に誇るべきなり」 と仰せられけらば、 「さては、善悪ぜんあく
、為義まづ命を捨てて、左右さう
あるべきなり」 とて、罷まか
り立つ。実まこと にたのもしくぞ聞きこ
えける。 |