〜 〜 『 寅 の 読 書 室  Part T-U』 〜 〜
あ らす じ

2012/05/07 (月) 紀 州 へ の 早 馬

さて十二月十日には平家の六波羅邸から早馬が立って、熊野詣の清盛一行に追いついた。
「何事か」 と清盛が尋ねると、 「去る九日の夜、三条殿に夜討があり、御所は焼き討ちされ、信西の宿所も同じく焼き払われました。これは信頼殿が義朝を語らって、平家を討ち奉ろうとしてのことと承ります」 と申したので、清盛は熊野詣をどうしようかと迷うが、重盛が、 「熊野参詣も平家の安泰を祈願のため、敵を後ろに置きながらの御参詣はいかがかと思われます」 というところに、筑後守ちくごのかみ 家貞いえさだ長櫃ながびつ を五十個も担がせて出て来た。そうして中からよろい 五十着、矢を盛ったえびら 五十個を取り出して清盛に奉った。大きな竹のふし を突き抜き、中に弓まで入れて事に備えていたのには感嘆しない者はなかった。
ところが、悪源太あくげんた 義平よしひら が阿倍野に待ち受けているというので、清盛は、 「それではこれから四国に渡り、軍勢を整えてから都に入ろう」 というのを、重盛は、 「平家追討の院宣が下ったならば、これに叛く者は一人もいなくなるでしょう。すぐさま阿倍野へ向かって進撃すべきです」 と進言したので、清盛も、 「さらば馬を走らせよ、者ども」 と命じ、都をさして引き帰した。

『保元物語・平治物語』 発行所:角川書店  ヨ リ
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