上矢
の鏑かぶら は、生朴なまほほ
・ひら木などをもって、目の上八寸八角かく
に押し削けづ り、目九差めくさ
したるに、薙歯なぎは 一寸、手六寸、渡り六寸の大雁股おほかりまた
をねぢすげたり。三峰みつみね
に摺す り立てて、峰にも刃は
を付けたりければ、小こ 長刀なぎなた
を二つ打違うちちが へて瓶子へいじ
に立てたるに異ならず。柄から
は白篦しらの に、山鳥やまどり
の羽を合作あはせはぎ に、鴻こう
の霜降しもふ りを交ぜて、本四立もとよつだて
にして作は ぎたりける。廿四差たる箙えびら
の上に、この大鏑おほかぶら を四筋すじ
差さ し副そ
へたれば、森の中に高き梢こずゑ
の一叢ひとむら 指さ
し顕あら はれたるがごとし。 褐かち
の直垂ひたたれ に獅子しし
丸まる を三つ二つ縫ひたるに、黒き唐綾からあや
を太く畳たた みて縅おど
したる大荒目おほあらめ の鎧よろひ
の、獅子しし 丸まる
の裾金物すそかなもの 、白覆輪しろぶくりん
なるを着たりける。ねつ練鍔ねりつば
の黒漆こくしつ の太刀たち
の三尺八寸ありけるに、熊皮くまかは
の尻鞘しりざや 入れてぞ帯は
きたりける。鎧軽かろ げに着なし、小こ
具足ぐそく つまやかにして、弓ゆみ
脇わき に挟み、烏帽子えぼし
引き立て、ゆるぎ出い でたる形勢ありさま
、彼の東八とうはち 毘沙門びしゃもん
の、悪魔あくま 降伏かうふく
せんとして、忿怒ふんぬ の形を顕あらは
したまふらんも、かくやと思おぼ
えておびたたし。いかなる悪魔あくま
行疫神ぎやうやくじん なりとも、面おもて
を向むか ふべしとは見えざりけり。 |
上矢の鏑は、生朴や柊などを用い、穴の上八寸八角に削り、目を九つあけたのに、薙歯一寸、手六寸、わたり六寸の大雁股をねじすげている。三峰に摺り立て、峰にも刃を付けたので、まるで小長刀を二つ交差させて瓶に突き立てたようなものである。柄は白篦に山鳥の羽を合わせはぎにし、鴻の霜ふりの羽も交えて本四つ立てにして作っている。二十四本差した箙の上に、この大鏑矢おおかぶらや
を四本差し添えているさまは、森の木々のなかから高い梢がひとかたまりとび抜けているようなものである。褐かちん
の直垂に獅子丸を三つ二つ継いだのに、黒い唐綾を太く畳んで縅した大荒目、獅子丸の裾金物で白覆輪の鎧よろい
といういで立ちであった。三尺八寸もある練鍔の黒漆の太刀を熊皮の尻鞘に納めて差していた。鎧を軽やかに着て、小具足はこぢんまりと弓を脇に挟み、烏帽子を退き立て、得意気にゆるゆると動きまわるさまは、あの東八毘沙門が悪魔を降伏させるべく忿怒の形相をあらわした姿もかくばかりかと大変なものであった。どんな悪魔行疫神といえどもかないそうにない。 |
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かように事柄いかめしげなるのみにあらず、馬の上、歩立かちだち
、惣そう じて天を翔かけ
る翅つばさ 、地を走る獣けだもの
も、目を懸か けと賭けつけるものを射留めずといふ事なし。将門まさかど
・純友すみとも にも貞任さだたふ
・宗任むねたふ にも勝すぐ
れたり。上代にも例ためし なく、末代にもありがたかるべき兵つはもの
なり。古いにし へその名聞えし田村たむら
・利仁としひと が鬼神きじん
を攻め、頼光らいくわう ・保昌やすまさ
が魔軍まぐん を破りしも、或いは勅命ちょくめい
をかた取ど り、或いは神力を先として、武威ぶい
の誉ほま れを残せり。今の為朝は、勢力健すく
やかにして、強楚がうそ が貫山くわんざん
の勢せい にも劣らず。弓の手濃こま
やかにして、養由やうゆう が百歩ひやつぽ
の芸げい に相あひ
同じ。張良ちゅやうりやう が帷帳ゐちやう
の内の策はかりごと 、紀信きしん
が乗車じようしや の上の勇いさみ
、ただ一身に数芸すげい を兼ねたりければ、猛略まうりやく
武道ぶだう 、さながら古今ここん
の間に独歩どつぽ せり。人々、目を驚かし、舌を振ふ
らずといふ事なし。父為義が立ちたりつる跡あと
に居い 替かは
りて、畏かしこ まりてぞ候ひける。その気色けしき
、実まこと にあたりを払ひてぞ見えし。 |
なにも外見がいかめしいだけではなく、その実力たるや、馬上、いかなる時でも、空飛ぶ鳥、地を駆けまわる獣いずれにしろ、ひとたび目についたからには射とどめないことはない。あの将門や純友、貞任・宗任にもましてすぐれている。上代にも前例はなく、かくすぐれた兵士はこれからも出ないことだろう。昔、武勇をもって知られた田村・利仁が鬼神を攻め、頼光や保昌が魔軍を破ったのも、勅命や神力を先立てて、武威の誉れを残したということだ。今の為朝の剛勇ぶりは、あの楚の項羽の勢いにも劣らない。弓の実力は養由にひけを取るものではない張良の戦略、紀信の乗車の勇、為朝は一身にこれらを備えており、猛略武道、すべてにわたって古今の武士にぬきんでている。人々はその剛勇をまのあたりにして恐れおののいた。父為義が退席した後に代わり着座、ひかえている。そのたたずまい、あたりを圧していた。 |
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『将門記・陸奥話記・保元物語・平治物語』 発行所:小学館 ヨ
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