また、この左大臣殿も、天下
を治めたまはんに、不足の臣とも見えたまはず。和漢の礼儀を心得て、自他
の記録に闇 からず、諸道
に浅深 を探
り、諸事 に浮沈
を計 り、万機
に補佐として親疎 の差別
なかりき。摂? の器量の臣たる事、古今を恥ぢたまはず。しかるあひだ、関白殿の御手美しくあそばし、和漢に長じたまへるを嫉
み申さるる御詞と思 えて、
「詩歌は閑中 の翫物
なり。更に朝儀の要事
にあらず。手跡 はまた一旦
の興 なり。賢臣
必ずしもこれを先 とせず」
とて、我が御身は専 ら五経
を学び、仁 義
礼 智
信 を正しく、節会
・官奏 ・除目
などにたまたま御誤りある時は、すなはち御怠状
を書きて、職事 ・弁官
に賜 ふ。恐れをなして賜はらざりければ、
「一 の上
の怠状を地下 に伝へん事、家の面目にはあらずや。ただ賜はり候へ。殊更
存 ずる処なり」 と、強
ひて仰 せられければ、畏
つて賜はりけり。また、賤
しの舎人 ・牛飼
なれども、勘気 を蒙
る時は、正理 を正しく申せば、細々
に聞 し召
され、罪無ければ御後悔あり。実
に理非 明察
にして、善悪 無二
なり。諸事 錐徹
にましましければ、悪左
の大臣 とぞ申しける。かやうに兄弟の御中向背
してましまししかば、御奉公
も各別なり。関白殿は、もとよりの御事なれば、内裏に御祗候
あり。左大臣は、引き違へて、仙洞
に御祗候ありけり。 |