〜 〜 『 寅 の 読 書 室  Part T-U』 〜 〜
保 元 物 語 (上)

2012/05/04 (金) 法 皇 崩 御 の 事 (一)

かくて今歳ことし は既に暮れぬ。明くる三年をば、改元ありて、保元ほうげん 元年とぞ申しける。
その春夏のころより、法皇ほふわう 、御心地ここち 例にそむ かせたまひ、玉顔ぎょくがん 不予ふよ に入らせたまふ。これは、去年こぞ近衛院このゑいんかく れありしかば、その御歎きの積もりにこそとぞ申しあへりける。されども、法皇は、権現ごんげん の御託宣たくせん 、去年の冬の事なれども、只今ただいま のやうにおぼ でられて、かつう はかたじけなく、且はあぢきなくぞ思し召されける。
月日のかさ なるにつけて、いよいよところ きさまに見えさせたまひければ、同六月十二日、美福門院びふくもんいん鳥羽とばじやう 菩提院ぼだいゐん の御所にて、御ぐし おろ させたまふ。御戒の師は御滝みたき観空くわんくう 上人しやうにん とぞ聞えし。百四びゃくし 羯摩こんま作法さほふ は、いつも心澄む事なれども、折からや、御所中ごしょぢゆう女房にょうぼう 男房なんぼう公卿くぎやう 殿上人てんじやうびとみな 涙を流し、そで を絞らぬはなかりけり。

かくしつつ今年ははや暮れた。明けて久寿きゅうじゅ 三年、改元があって保元元年と申した。
この年春夏のころから、法皇はご不調、ご病気がちになられる。去年、愛子あいし 近衛院に先立たれ、その嘆きが積もり重なってのご病気だろうとのうわさ がもっぱらである。権現のご託宣があったのは去年の冬のことであるが、法皇はその折の驚きひとかたならず、たった今のように鮮明に思い出され、ご託宣とあればもったいないこと、しかしそれにしてはやるせないことと思案にくれた。
月日は過ぎ、法皇のご病状はうのるばかり、いよいよ耐えがたいご様子とお見受けしたので、同六月十二日、美福門院は鳥羽の成菩提院の御所で剃髪ていはつ なさった。御戒の師は御滝の観空上人とのことである。
受戒の儀式の荘重さはいつもぴりりと神経を張り詰める思いがするが、折りしも法皇重病のこととて、御所中の女房や男房、公卿や殿上人、皆それぞれに歎き悲しみ、涙はとめどなく流れ出て、そで を絞らねばならぬほどであった。
『将門記・陸奥話記・保元物語・平治物語』 発行所:小学館  ヨ リ
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