〜 〜 『 寅 の 読 書 室  Part T-U』 〜 〜
あ らす じ

2012/05/02 (水) 新 院 方 、 敗 走 の 事

とらこく (午前四時ごろ) から始まった合戦は、やがて夜の明けるころには、官軍の負け色が濃くなったので、義朝はついに院の御所近くに火を放った。折からの激しい西風に、黒煙は御所を覆い、門々守護の兵たちも、煙にむせんで足並みが乱れた。官軍は、この時とばかり追撃にうつり、院方の兵は剣を捨てて逃げ去った。為義も為朝も防戦につとめたが、どの門も破られて、親王方の兵たちは蜘蛛の子を散らすように敗走してしまった。
新院はたいらの 家弘いえひろ光弘みつひろ 父子に付き添われて。三井寺の方へ向かわれ、左大臣も、ひと足おくれて落ちられたが、どこからか一本の白矢が流れてきて、首の骨に突き立ったので、左大臣は馬から崩れ落ちてしまった。
新院は三井寺に向かう途中、山中で気を失われたが、やがて夜にまぎれて山を下り、知足ちそく いん のほとりの僧房に入って髪を剃らせ、ついに御出家なさった。
勝ちに乗った義朝・清盛は、新院の白河御所を焼き、また三条烏丸の御所、左大臣の邸宅や為義の宿所も焼き払ってしまった。主上は高松殿に還御され、夜に入って軍功の恩賞が行われた。義朝は右馬うまの 権頭ごんのかみ 、清盛は播磨守はりまのかみ を賜ったが、義朝はこの賞に不服を申し入れたので、改めて左馬さまの かみ に任ぜられた。
今度の合戦は、源平両家をはじめ名ある家々の武士たちが、勇気を奮って対陣したのだから、勝敗もつかないだろうと思われたが、神仏の御加護でもって、ついに天皇方の勝利となった。中でも公家におかれては、日吉ひえ 山王さんのう に祈誓され御自筆の願書を奉られた。まことに比叡山の法験こそあらたかなことである。

『保元物語・平治物語』 発行所:角川書店  ヨ リ
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