左大臣殿は、今にも内裏から討手がかかろうとしているのを、まったくご存じなく、北面の武士の親久
を召して、 「内裏では軍兵を当方へ向けられるか、また当方から寄せるのを待っておられるのか、すぐさま行って見て参れ」 と申されて、院の御
厩 の馬を下賜された。親久は鞍も置かず、いきなり御馬に飛び乗ってまかり出たが、すぐさま引き返して馬から跳び下り、 「ああ、もの凄い。まるで雲霞のように官軍がやって参りますぞ」
と、息せき切っていう言葉も終わらないうちに、西の河原に鬨
の声がどっとあがり、御所中の兵どもは、ひっくり返るような大騒ぎになった。為朝が進言したとおりであって、為朝も、 「敵の先手を取ろうと申したのはここだ、ここだ」
と、言ったけれども、もはや何のかいもない。左大臣は急に、為朝を蔵人に任命すると言い出したが、為朝はあざ笑って、 「もの騒がしい任官の儀よ」 とつぶやきながら大炊
御門 の西門へ行ってしまった。 安芸
守 清盛
は、大炊御門の西門へ押し寄せ、 「この門を守るは源氏か平氏か。こう申すは安芸
守 平
清盛 、勅命を承って参った」
と高らかに名乗ったところ、すぐさま、 「鎮西八郎が守っているぞ」 という返答。清盛は急に小声になって、 「えらい奴の守っている門にあたったものだ」 と、何とも気の重い様子で、進もうとしない。 やがて清盛は、
「そもそも、この面へ向かえという勅命を受けた覚えもない。暗さにまぎれて、この門にあたったまでだ。さては他の門へ向かうべきか。東の門へ向かったらよかろうか」
などという。これを聞いた清盛の嫡子
重盛 は、 「合戦の場で強敵を恐れて退けば、軍
に勝てる道理がない。重盛はここで為朝の矢に当たり、屍
をさらす覚悟だ」 と進み出た。清盛はあわてて、 「若者は、考えもなく逸
っているのだ。馬の前に立ちはだかって、誤ちさすな」 と命じたので、兵たちが馳せ寄って、重盛を引きとめてしまった。 |