〜 〜 『 寅 の 読 書 室  Part T-U』 〜 〜
あ らす じ

2012/05/02 (水) 白 河 殿 夜 討 ち の 事

左大臣殿は、今にも内裏から討手がかかろうとしているのを、まったくご存じなく、北面の武士の親久ちかひさ を召して、 「内裏では軍兵を当方へ向けられるか、また当方から寄せるのを待っておられるのか、すぐさま行って見て参れ」 と申されて、院の まや の馬を下賜された。親久は鞍も置かず、いきなり御馬に飛び乗ってまかり出たが、すぐさま引き返して馬から跳び下り、
「ああ、もの凄い。まるで雲霞のように官軍がやって参りますぞ」 と、息せき切っていう言葉も終わらないうちに、西の河原にとき の声がどっとあがり、御所中の兵どもは、ひっくり返るような大騒ぎになった。為朝が進言したとおりであって、為朝も、 「敵の先手を取ろうと申したのはここだ、ここだ」 と、言ったけれども、もはや何のかいもない。左大臣は急に、為朝を蔵人に任命すると言い出したが、為朝はあざ笑って、 「もの騒がしい任官の儀よ」 とつぶやきながら大炊おおいの 御門みかど の西門へ行ってしまった。
安芸あきの かみ 清盛きよもり は、大炊御門の西門へ押し寄せ、 「この門を守るは源氏か平氏か。こう申すは安芸あきの かみ たいらの 清盛きよもり 、勅命を承って参った」 と高らかに名乗ったところ、すぐさま、 「鎮西八郎が守っているぞ」 という返答。清盛は急に小声になって、 「えらい奴の守っている門にあたったものだ」 と、何とも気の重い様子で、進もうとしない。
やがて清盛は、 「そもそも、この面へ向かえという勅命を受けた覚えもない。暗さにまぎれて、この門にあたったまでだ。さては他の門へ向かうべきか。東の門へ向かったらよかろうか」 などという。これを聞いた清盛の嫡子ちゃくし 重盛しげもり は、 「合戦の場で強敵を恐れて退けば、いくさ に勝てる道理がない。重盛はここで為朝の矢に当たり、しかばね をさらす覚悟だ」 と進み出た。清盛はあわてて、 「若者は、考えもなくはや っているのだ。馬の前に立ちはだかって、誤ちさすな」 と命じたので、兵たちが馳せ寄って、重盛を引きとめてしまった。

『保元物語・平治物語』 発行所:角川書店  ヨ リ
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