〜 〜 『 寅 の 読 書 室  Part T-U』 〜 〜
あ らす じ

2012/04/29 (日) 鳥羽法皇、熊野御参詣の事

同じ年の冬のころ、法皇は熊野神社へ御参詣、本殿の前で夜を徹しての御祈祷があった。すると熊野山中第一という伊岡これをかいた と申す巫女みこ に熊野権現がおつきになり、巫女は心細い声で、

『てにむすぶ 水に宿れる 月かげの  あるかなきかの 世に住むかな』
(手にすくう水にうつっている月の光のように、あるかないかもわからない、はかないこの世に住んでい ることよ)
という歌占うらうらな いを んで、君は明年の秋には崩御なさるはず、その後、天下は手の裏を返すようになるであろうという権現の 託宣たくせん を告げるのであった。こうして年も暮れ、保元ほうげん 元年 (1156) になった。法皇は間もなく御病気になられ、しだいに弱らせ給うたので、美福門院も出家なさったが、法皇はついに同年七月二日におかくれになった。
去年の秋には御子の近衛院、つづいてまた法皇の崩御がかさなった美福門院の深い御嘆きの中にも、かの熊野の巫女が、 「手の裏を返すようになるであろう」 と占い申し上げたことも気がかりであり、他方、新院の御心中もはかりがたく、人びとは世のなりゆきを思うて、おそれおののくのであった。
『保元物語・平治物語』 発行所:角川書店  ヨ リ
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