逃げる重盛も、追う義平
も、馬蹄 の蹴立
てる雪けむりをひいて、二すじの真っ白なつむじと、つむじが、どこまでも、からんで行った。 重盛は、馬の前つぼ深く上半身を俯
つ伏せたまま。ムチも折れよの姿であった。 かれの前後には、旗もとの平
与三左衛 門
と、新藤左衛門の二騎がともに駆けていた。 「あっ、あぶないっ、若殿」 と、新藤が振り向いて、注意を与えたとき、重盛の駒は、かれを抜いて、あざやかに、眼の前の二条堀川の水を、跳びこえていた。 「新藤、跳べないのか」 と、平与三左衛門も、一気に躍り越えた。 「なんの
──」 と、新藤も、馬の鼻をそろえて跳ぶ。 そのとき、うしろで、弦音
がひびいた。重盛の体のどこかに、矢が中
たって、ばしっと、変な音がした。 鎧
が良いと、 鏃 がくだけたり、矢柄
もハネ折れる場合がある。 すぐ二の矢が、また、重盛の袖
を射縫 い、矢が草摺
に、ぶら下がった。 「待てっ。待ち給わぬかっ。恥こそ知れ。清盛の子ほどな者がっ」 追い迫った悪源太の声が、耳を打つほど、近くに聞こえた。 が、矢を射たのは、義平ではなく、かれの一騎の深追いを危うんで従
いて来た鎌田 兵衛
政家だった。 義平は、堀川を跳
びかけた。ところが、なにに驚いたのか、急に、馬が左へ反
れて、前脚のひざをついたため、義平は手綱を持ったまま、堀の筏
の上へ、もんどり打って、振り捨てられた。 その上を、鎌田兵衛の馬が、ぶうっと、雪風を連れて、渡ってしまった。 「鎌田鎌田。おれに関
わず追え。重盛をこそ、遁
すな」 と、義平は、筏
の上で、怒鳴っている。── と見て鎌田は、義家へうなずき返し、さらに、三の矢を引き絞りながら、重盛の背へ追って行った。 この辺りに積みちらしてある材木が、雪の山みたいに見えた。重盛の駒がたじろぐかに見えた刹那、鎌田の三の矢が、馬腹に突き刺さった。雪がぱっと赤く映え、馬も、重盛の体も、勢いよく横ざまにたおれた。 兜
が、どこかへ飛んでしまい、重盛は黒髪をあらわして、 大童
になった。 雪だらけな、兜を拾って、かれはすぐ頭にかぶりかけた。 「得たり」 とばかり、鎌田は馬をとばして来たが、乱離
と見える材木に、馬の脚下を危うんで、かれも鞍
から飛び降りた。そして、 「左
馬頭 (義朝) どのが一の郎党、鎌田兵衛にて候うぞ。のがれ得ぬところ、御観念あれ」 と、いきなり組にかかった。 組まれてはと、重盛は、左に手で、兜を押さえ、右手に弓を持って、力かぎり、鎌田の面頬
を、横になぐった。 鎌田は、ひと足引く。太刀を抜くためであった。すると、横からべつな敵が、 「おのれ、人なしと思うか。平
与三左 を措
いて、 賢 しらな」 と、叱咤
して、重盛をうしろに庇った。そして猛然、両手をひろげて、いで組まんとかかってきた。 おうつと、鎌田は満身で組み止めながら、ずずっ ── と大きく雪に草鞋
の痕 を描いた。二人の吐く白い息は、猛牛が角
をからむ刹那 の勢いにも似ていた。鎧の皮革
と皮革や、金属がぶつかり合うたびに、勇壮なひびきを立てた。そして、諸仆
れになったと思うと、年の若い与三左
が、鎌田を下に組み伏せていた。 そのとき、堀川を跳
んで、後から駆けて来た悪源太は、一方に、重盛の姿を見たが、鎌田兵衛は父が秘蔵の家来だし、それも見捨ててはならないし ── と、やにわに、鎌田の上になっている与三左を、後ろから斬りふせた。 重盛に従
いていたもう一人の新藤左衛門は、 「すわ、難儀」 と、あわてて自分の駒へ、重盛を乗り換
えさせた。そして、遮二
無二 、重盛を先に落としてから、
「何条、主の若殿を討たすべき」 と、踏みとどまり、悪源太と鎌田兵衛の二人へ、われから戦いを挑
んだ。当然、新藤左衛門もここで最期
をとげた。しかしそのため、重盛は命びろいして、ようやく、味方のうちへ逃げ帰ることが出来た。 |