凍
てきったカチカチな道を、御車の大きな両輪
は、危険を思わすほどな迅
さでまわってゆく。 取り囲んでゆく騎馬の群れ、甲冑
のひびき、兵刃 の光などに、牛も逆上して、止まるのも知らない勢いである。 またたくまに朱雀大路を行き尽き、皇居の南、建礼門
へつきあたった。 「北だ。── 北へまわれ」 ひろい宮門の外郭を迂回して、なお急いだ。そして、大内裏の北の朔平門
から、騎馬武者、徒歩 武者
の列序もなく、ただ御車の前後を揉
みあって、どっと内へなだれ入った。 そこをはいると、左右の地域は、外の宮門と中重門
とのあいだの細長い外苑
をかたちづくっている。 一本
御書 所
は、外苑の一隅に、ぽつんと独立している侘
しい一書院だ。 「ちまたの騒動の鎮まるまで、しばらくここにおわして、御不便をしのばせ給え」 信頼と義朝たちは、こう奏
して、上皇後白河のお身がらを、この一本御書所の火の気
のない所へ、幽閉し奉った。──後世の暴力革命そのままな手ぐちをもって、監禁してしまったのだ。 外から錠
をおろし、あとの警固には、佐渡
式部 重成と、周防
判官李実 の手勢を当てて、 「油断なく、見守れよ、何者が襲
せても、他へ渡すな、奪われるな」 と、厳命を下した。 佐渡重成は、三年前、崇コ上皇が讃岐へ流され給うとき、それの護衛に当たった武者である。──
後に、人びとはこの縁を、 (佐渡どのとは、奇
しき宿業 を持つお人よ。上皇二代にまで、閻羅
獄卒 の役を、勤められた) と、いいあった。 しかし、この夜の暴力の狂信者が、鬼卒
か羅刹 かのように躍ったのは、ここだけではない。時をひとついにして、清涼殿の夜御殿
でも、重大な事件が起こった。突然、怪しい物音が、どたばた鳴りひびいて、すでに御寝
につかれていた二条天皇の玉体を冒
しまいらせた暴漢があった。 もちろん少数の者の行為ではない。群れをなして、天皇の夜御殿に迫ったのだ。そして天皇のおからだを囲んで、萩
ノ戸の廊へ押し出し奉り、やがて清涼殿から弘徽
殿 へ渡る途中の ──
黒戸 御所
── と呼ぶ北部屋へ押し籠
め参らせてしまった。 この部屋は、むかし光孝帝が造られたものである。帝が即位される前の、いと質素で侘
びたる御境遇であったころの生活を、御自分も思い出されるように、また、皇統の子孫も、長く忘れないようにというお考えから、建てておかれたものだという。壁も木も粗材で組まれ、煤
けた釜木 なども、田野
の民家と同じであった。玉殿
金廂 といわれる宮中に、ただ一つあった田舎部屋なのである。 乱暴者は、この黒戸にも、錠
をおろし、北廂 の廊の南北の口に兵士を立たせて、遮断
してしまった。 「よしっ、うまくやった」 「手際
よ、手際よ」 さっきから兵士を指図していたらしい首領二人は、顔を見合わせて、幸先
を祝しあった。 二人は狩衣の上に具足をまとい、大太刀を佩
いていた。顔は、眼だけ残して布で包み、殿上深き所というのに、革
足袋 に草鞋
をはいていた。 けれど心のうちでは、自分の行動を自分で咎
めているにも違いなかった。抵抗して来るほどな勇者は側近にはいなかったが、それらの人々から 「たれなり」 と顔を見られるのは気恥ずかしかったものであろう。入念
な覆面がそれを証拠立てていたし、また、天皇を幽閉し奉ってしまうと、あとの監視を、兵士に任せて、たちまち、どこかえ走り去った。 「── 検非違使
別当 惟方
どのだ」 「もう一人は、三位経宗卿にちがいない」 後
で、兵士たちは、ささやいていた。かれらはそれを知った。だが、かれらは、突然、自分たちの上将から命ぜられたままに動いたものに過ぎなかった。自分たちの手で黒戸の内へ押し込めたお人が天皇であるとわかって、やがて外の警戒についてから、急にがくがくと脚
のふるえを覚え出していた。 とにかく、一瞬の大内は、どうなることかと思われた。 合戦の起こったもようはないが、殿上殿下、人のうろたえ走る物音と異様な声で真っ黒な旋風
が幻覚されて来る。わけて女人ばかりの住まう七殿五舎といわれる弘徽
殿 、登花
殿 、貞観
殿 、麗景
殿 、また飛香舎、襲芳舎などの局々
から聞こえる非泣はもう炎や血の中にある声としか思えなかった。けれど事実は、恐怖だけのものであり、まもなく反対にあらゆるものが息の根をとめたように不気味な寂莫
に返っていた。 衛府
、近衛 などの守りは、すべて源氏の手にゆだねられた。兵庫寮も廩倉
も、左馬 、右馬
寮 も、源氏武者が取って代わり、諸門の通路には、ことに厳重に、義朝や、頼政の部下が眼を光らして、警戒に立ちふさがった。 「信頼卿の企
まれた一味の謀反 よ」 「左馬頭
(義朝) どのも、見方に与
しておられる」 事態はすぐにこうと分った。抵抗しない限り、ここは炎にもならず合戦も起こり得ないことが明らかとなった。平家方の武臣やその手兵は、そのためにも、甘んじて、反乱軍
の命に従うしかなかった。 |