さて。── 新院方でも、築地
越に、弓をならべて、寄せ手の兵を、待ち構えたが、矢ごのの距離まで来ると、官軍は、鬨の声ばかりあげて、容易に進んで来なかった。 「ムダ矢は放つな。打って出て、つきくずせ」 為義が、南と西の二門を開かせて、自身、馬をすすめ出すと、八郎為朝が、 「先陣は、わたくしが」 と、父の前を、駆
け抜けようとした。 すると、四男の頼賢
が、 「八郎、僭越
だぞ、先陣は、おれにゆずれ」 と、喧嘩
になりかけた。すると為朝は、すぐ譲って、 「ええ面倒だ。だれでも、先を駆けろ。おれはおれの戦場で戦う」 と、西の河原へ、駆け去った。 頼賢を乗せた駒
は、見ているうちに、味方を離れて、敵勢に近づいていった。そして、暁闇
の第一声を張りあげ、 「ここに寄するは、源氏か平家か、名乗れ、聞かん。かくいうは、六条為義が四男、左衛門尉頼賢」 と、名乗った。 白河の水が分かれそそぐ流れの向うに駒を立てて、名乗り返す者があった。 「下野守殿の郎党、相模の国の住人、須藤刑部丞が子、滝口の俊綱。──
先陣をうけたまわって候う」 いわせも果てず、頼賢は、 「さては、一家の郎党よな。なんじらを射ても何かせん。大将下野守をこそ」 と、一矢を放ち、また一矢を手早くつがえて、義朝のいる辺りを狙
って放した。 矢は、義朝の身近にいた二人の郎党を、射たおした。 それを見すまして、頼賢が、駒を返すと、俊綱の射た矢が飛んで来て、かれの、冑
の内びさしに立った。頼賢は、そのまま、味方の方へ駒を飛ばし、味方の歓呼の中へ迎え取られた。 「今のは、四郎だな。小ざかしい弟」 と、義朝は、郎党二人を、かれの矢で仆
されたので、たちまち、感情に燃え、 「父上をそそのかして、新院方へ走った他の弟どもにも、思い知らせてやらねばならない」 と、頼賢のあとを、追いかけようとした。 鎌田次郎正清が、馬のくつわをおさえて、 「およしなさい」
と、止めた。 「大将御自身、出るところではありません。百騎、千騎と、まとまって、乱軍となり、勝敗の分かれ目というときこそ、自然、お働きになる戦場となりましょうが、まだまだこんなことでは」 と、味方の大勢で、囲い込んでしまった。 |