君はとても寝られたまはず、いたづら臥しとおぼさるるに、御目さめて、この北の障子のあなたに人のへはひするを、こなたや、かくいふ人の隠れたるかたならむ、あはれや、と御心とどめて、やおら起きて立ち聞きたまへば、ありつる子の声にて、
「ものけたまはる。しづくにおはしますぞ」
と、かれたる声のをかしきにて言へば、
「ここぞ臥したる。客人 (マラウド) は寝たまひぬるか。いかに近からむと思ひつるを、されどけどほかりけり」
と言ふ。
寝たりける声のしどけなき、いとよく似かよひたれば、いもうとと聞きたまひつ。
「廂 (ヒサシ) にぞ大殿籠りぬる。音に聞きつる御ありさまを見たてまつりつる、げにこそめでたかりけれ」
とみそかに言ふ。
「昼ならましかば、のぞきて見たてまつりてまし」
と、ねぶたげに言ひて、顔ひき入れつる声す。
ねたう、心とどめても問ひ聞けかし、とあぢきなくおぼす。
「まろは端に寝はべらむ。あなくるし」 とて、火かかげなどすべし。
女君は、ただこの障子口すぢかひたるほどにぞ臥したるべき。
「中将の君はいづくにぞ。人気 (ヒトゲ) 遠きここちして、もの恐ろし」
と言ふなれば、長押 (ナゲシ) の下 (シモ)
に、人々臥して答 (イラ) へすなり。
「下に湯におりて、 『ただ今参らむ』 とはべる」
と言ふ。
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