〜 〜 『 寅 の 読 書 室  Part W-[』 〜 〜
== 源 氏 物 語 (巻五) ==
(著:瀬戸内 寂聴)

2016/08/20 (土)

藤 裏 葉 (十三)
やがて堂上での音楽のお遊びが始まって、書司ふみづかさ のお琴などをお取り寄せになります。感興がいよいよ高まった頃に、お三方の御前にそれぞれ琴をさしあげました。 「宇陀法師うだのほうし 」 と呼ばれている和琴の名器の、変わらない美しい音色も、朱雀院はずいぶん久しぶりで感深くお聞き遊ばします。
秋をへて 時雨しぐれ ふりぬる 里人さとびと も かかる紅葉もみじ の をりこそ見ね
(宮中を去り幾度秋は過ぎ 時雨降る里に年老いたわたしも こうまで美しいさかりの 紅葉の季節についぞ あったこともなかった)
とお詠みになられたのは、御在位中にこうした宴のなかったことを、恨めしくお思いなのでしょうか。
帝は、
世の常の 紅葉とや見る いにしへの ためしにひける 庭の錦を
(今日の紅葉を 世にありふれた紅葉と 御覧になるのでしょうか 先朝の紅葉の賀にならって ひきめぐらせた錦の幕ですのに) 
とおとりなしになられます。
帝は御容貌が年とともにますます御立派におなりで、ただもう源氏の君と瓜二つにお見え遊ばします。そのお前に夕霧の中納言が控えておいでになるのが、これまた、帝とそっくりに見まがうのには驚かされます。気品が高くて立派な感じでは、夕霧の中納言の方が気のせいか、見劣りするでしょうか。しかしすっきりと、目のさめるような美しさでは、中納言がまさっているようにさえ見えます。
中納言がたいそう感興深くお見事に、笛を吹く役をおつとめになりました。
歌を唱う殿上人たちが、階段のそばに控えていますが、その中で弁の少将の声が特にすぐれて聞こえます。やはり前世からの果報めでたい方々がお揃いの、御両家なのでしょうか。
源氏物語 (巻五) 著:瀬戸内 寂聴 ヨリ