月がますます澄み渡り、静かで美しく冴えかえっています。 |
氷閉ぢ
石間
の水は 行ゆ
きなやみ 空澄む月の 影ぞ流るる (張りつめた氷に閉ざされ 石の間の遣水は 流れ行
きなやみ 空に澄む月影は
よどみなく流れゆく) |
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とお詠みになりながら、空を眺めて少し首をかしげていらっしゃる紫に上のお姿は、似るものもなく愛らしいかぎりです。お髪ぐし
や面ざしが、恋い焦がれている藤壺の宮の面影かと、ふと思われるほど美しいので、この節、朝顔の姫宮に少しはひかれていられたお心も、また紫の上に取り戻されて注がれるようになることでしょう。 その時、池の鴛鴦おしどり
の鳴く声が聞こえて来ましたので、源氏の君がお詠みになりました。 |
かきつめて
むかし恋しき 雪もよに あはれを添ふる 鴛鴦をし
の浮寝か (昔の思い出の数々の 恋しく思われる雪の夜に ひとしおあわれをそそるのは
池に仲よく浮寝している 鴛鴦の鳴き声だったのか) |
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源氏の君は御寝所にお入りになられても、藤壺の中宮のkとを、ひそかに心に思いつづけながら、おやすみになりました。 夢ともなくほのかに
藤壺の中宮のお姿が幻のようにあらわれました。たいそう恨めしそうなお顔で、 「あれほど人には漏らさないとお誓いになりましたのに、やはり情けない浮き名があらわれてしまいましたので恥ずかしく、この冥界めいかい
でも苦患くげん
に責められております。ほんとうに辛くて、恨めしくて」 と仰せになります、源氏の君はお返事を申し上げているおつもりの時に、何かに襲われるような気持がして胸苦しく、 「まあ、どうなさいましたの、こんなに脅えて」 という紫の上のお声に、やっと目が覚めました。見残した夢が言いようもなく名残惜しく、身の置き所もないように胸騒ぎがしますので、じっと胸を押さえ、気を静めてみると、涙さえあふれ出ていたのでした。今もまだひどく泣き濡れていらっしゃいます。 紫の上は、一体どういうことなのかと源氏の君のことが御心配になりますけれど、身じろぎもしないで、じっと横になっていらっしゃいます。
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とけて寝ぬ 寝ざめ淋しき
冬の夜に 結ぼほれつる 夢のみじかさ (安らかな眠りもなさらず 冬の夜の寝覚めわびしく 見果てぬ夢の短さに 悩みは今も
解けぬわが胸) |
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と、源氏の君はお詠みになって、束の間の夢に恋しいお姿を見たばかりに、かえって心が満たされず悲しく、藤壺の宮のことを思いつづけていらっしゃいます。 翌朝は早くお起きになって、そうとは殊更おっしゃらず、藤壺の宮の菩提ぼだい
にために、方々の寺々に御供養の誦経ずきょう
をおあげさせになります。冥界の苦患くげん
を受けていらっしゃると、夢の中でお恨みになられたのも、宮御自身がさぞお言葉通りに考えていらっしゃるのだろうと、お思いになります。生前は勤行に励まれ、何かにつけて罪障も軽くなられたようにお見受けされたのに、あのたった一つの秘密のために、まだこの世の穢けが
れをすすぎきれないでいらっしゃるのでしょうか。よくよく事の道理を深くお考えにみますと、どうしようもなく悲しくてたまらないので、どんなことをしてでも、知る人もない冥界でさ迷っていらっしゃる所へお訪ねして、罪の苦患を代わってさしあげたいと、心の底からお思いになり沈み込んでいらっしゃいます。 藤壺の宮の御ために、とりたてて御法要など営めば、世間の人に怪しまれるだろうし、帝もお気を廻されて、思わぬご心配をあそばすかも知れないと、お気をつかわれて、ただ阿弥陀仏を一心にお祈り申し上げます。来世こそは同じ蓮の上にと願われて、 |
亡き人を
慕した
ふ心に まかせても 影見ぬみつの 瀬にやまどはむ (亡き人の恋しさゆねに あの世まで訪ねてみても あのひとの姿も見えぬ
三途さんず
の川瀬に 迷いあぐねることだろう) |
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とお思いになるのも、情けないことでしたとやら。 |