2016/04/09 (土) | 蓬 生
(十一) | 賀茂の祭や斎院の御禊
などがある季節ですから、そのお支度にということで、人々から献上された進物が、いろいろとたくさんありますのを、源氏の君は当然そうなさるべき方々にみなお配りににあんります。そうした中でも、常陸の宮邸には、特にこまごまとお気遣いなさって、腹心の家来たちにお命じになり、その他に下男たちを宮邸に差し向けて蓬を払わせ、外塀が見苦しいので、板垣というものを打ち付けてしっかり修繕させられます。それでも源氏の君がこうして末摘花の姫君を捜し出したなど、あれこれ噂が立っては御自分としても不面目なので、お出かけになることはありません。ただお手紙だけをたいそう細々こまごま
とお書きになられます。二条の院のすぐ近くにお邸をお造りになっていらっしゃいますので、 「やがてそちらへお移し申し上げるつもりです。適当な女童めのわらわ
などを捜して、お使いになるのがよろしいでしょう」 などと、召し使いたちのことまで御配慮になりながらお世話なさいますので、こんなみしぼらしい蓬の宿では身に余るほどのありかたさに、女房たちも空を仰いで、源氏の君のお邸の方角に向かって礼拝するのでした。 源氏の君はかりそめのお戯れの恋にしても、平凡な普通の女には興味をお示しにならず、世間からこれなら少しはと注目され、印象に残るよなところのある女を捜し求めてお近づきになっていらっしゃるとばかり、人々は思っておりましたのに、これは全く正反対に、何につけても人並みでさえない末摘花の姫君をひとかどの方のようにお扱いなさるのは、いったいどういうおつもりでいらっしゃったのでしょう。これも前世からの因縁というのかも知れません。 もうこれまでと見くびりきって、思い思いに我先にと競って散り散りに去って行った上下かみしも
の女房や召し使いたちも、こうなると我も我もと先を争って帰参したがります。姫君の御性質が、これまた内気すぎて困るくらい人がよすぎていらっしゃいますので、これまではこちらで気楽な御奉公に馴れていたのでした。それが鞍替くらがえ
えして大したこともないつまらぬ受領の家などに奉公していた者は、今まで味わったことのないばつの悪い思いを経験したりしまして、たちまち掌てのひら
を返したように現金に舞い戻って来るのでした。 源氏の君は、昔にもまさる御威勢の上に、御帰京の後は思いやりが、何かひとしをお深くお加わりになり、末摘花の姫君に対してもこまごまと行き届いたお指図をなさいます。 おかげで常陸の宮邸は急に活気づいてまいりまして、次第に人の姿も多くなりました。庭の木草も、これまではただ荒れるに任せてもの淋しく見えていましたのに、遣水やりみず
の塵芥じんかい をさらい、前庭の植え込みの根ぎわも、すっきりと下草を刈り涼しそうです。これまであまり源氏の君に目をかけていただけなかった下級の家司けいし
などで、何とかしてお仕えしたいと下心のある者などは、源氏の君が姫君を並々でなく御寵愛なさるようだと推察して、ひたすら姫君の議機嫌をお伺いしては、お追従してお仕え申し上げます。 二年ばかり、姫君はこの古い宮邸に物思いの日々をお過ごしになりました。その後、二条の東の院という所に、源氏の君は姫君をお移ししておあげになりました。そこにお通いになってお泊まりになることなどは、なかなか難しかったのですが、御本邸に近い敷地の内なので、何かで東の院にお出かけのおりには、ちょっとお覗きになったりして、それほど軽んじたお扱いもなさいません。 あの大弐の北の方が都へ上って来て驚いた話とか、侍従が、姫君のお幸せな御様子は嬉しく思うものの、あの時、もうしばらく辛抱してお待ち申し上げなかった自分の心の浅はかさを、身にしみて悔やんだことなど、もう少し問わず語りもしてみたのですが、今日はほどく頭痛がしまして、うっとうしく気が進みませんので、そのうちまた機会がありましたら、思い出してお話することにいたしましょう、とか言うことでした。 |
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| 源氏物語
(巻三) 著:瀬戸内 寂聴 ヨリ | |