夜がすっかり更けてゆくにつれて、浜風が涼しくなり、月も西の方に傾くにつれて、いよいよ光が澄みまさり、しっとりと静けさに包まれた頃、入道は源氏の君に心のありたけをお話申し上げます。 この明石に浦に住みはじめた当時の心づもりや、後世の極楽往生を願うための仏道修行のいきさつなど、次々、少しずつお話申し上げて、娘の様子を聞かれもしないのに、自分からお話するのでした。 源氏の君は勝手に問わず語りをする老人を、おかしくお思いになりながらも、さすがに不憫
にお感じになる節々もあります。入道は、 「まことに申し上げにくいことでございますが、あなた様がこうして思いがけない辺鄙な土地に仮そめにせよお移りになっていらっしゃいましたのは、もしや、長年、この老法師おいほうし
がお祈りしております神仏が、わたくしの志を不憫と思し召されて、ほんのしばらくの間、君に御心労をおかけ申し上げるのであるまいかと存ぜられます。そのわけは、住吉の明神をお頼り申し上げるようになりまして、今年ではやくも十八年になってしまいました。娘がごく幼少でございました時から心願がございまして、毎年春と秋ごとに、必ず住吉明神に参詣してお願いするようにしております。一昼夜六回の勤行にも、自分が極楽の蓮の上に座る願いはさておいて、ただこの娘を高貴なお方に縁付かせたいというわたくしの本願を、どうか叶えて下さいませと、ひたすらお祈りしてまいりました。前世の因縁がつたないばかりに、わたくしはこうした情けない田舎者の身に落ちぶれたのでございましょうが、わたくしの親は大臣の位を保っておりました。わたくしめは自分から好んでこのように田舎の人間になってしまったのでございます。子孫の者が次々に、このように落ちぶれる一方では、末はどんな身に上になり下がりますことやらと、情けなく思います。せめてこの娘だけは生まれた時から頼もしく思えるところがございましたので、何とかして都の貴い御身分のお方にさしあげたいと深く決心しおておりました。わたくしのように身分の低い者でも、低いなりに、多くの人々の嫉ねた
みを受けまして、わたくし自身にとりましてもずいぶん辛い目を見る場合もございました。それは少しも苦しいとは思いません。わたくしの命のあります限りは、及ばずながら、親として育てて参りましょう。しかしこのままで、わたくしが娘を残して先立ちましたなら、海に身を投げてでもいいから死んでしまえと、申し付けてあるのでございます」 など、それはもう、そのままここにお話しするのも憚はばか
られるような、奇妙な話を泣く泣く申し上げます。 源氏の君もさまざな悲しい思いをしていらっしゃる折柄なので、同情して涙ぐみながら、お聞きなっていらっしゃいます。 「無実の罪をきせられて、思いも寄らぬ世界にさすらうのも、どうした罪の報いかといぶかしく思っていましたが、今夜のお話を伺い、考え合わせてみますと、たしかに深い前世からの約束事であったのかと、しみじみ心に思い当たります。どうして、そんあにはっきりお分かりになっていたことを、今までわたしに話して下さらなかったのでしょう。都を離れた時からわたしはこの無常な世の中に嫌気がさして、勤行一途に暮して月日を送っているうちに、気持もすっかりくじけてしまいました。そのような方がいらっしゃるとは、うすうす噂に聞いていながら、こうした役立たずの人間は、縁起でもないと相手にもされず、見限られているのだろうと、自身を失って気が滅入っていましたが、そういうお話なら、わたしを姫のところにご案内していただけるのですね、心細い独り寝の慰めにでも」 などと、おっしゃるのを、入道はこの上なく嬉しく思います。 |
ひとり寝は
君も知りぬや つれづれと 思ひあかしの 浦さびしさを (ひとり寝はつらいものよと 君も思い知らされたことなのか 明石の浦に今もひとりで
悶々と夜を明かす娘の心の さびしあさこそはどんなにか) |
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「それにもまして長い年月、娘のことを案じ暮しておりますわたくしの心の、晴れやらぬ思いをお察し下さいませ」 と申し上げながら、わなわな身をふるわせていますけれど、さすがに気品は損なわれておりません。 「それでも浦住まいに馴れていらっしゃるあなたは、寂しさもわたしほどでは」 と源氏の君はおっしゃって、 |
旅衣
うらかなしさに あかしかね 草の枕は 夢もむすばず (この浦の淋しい旅寝の 夜の悲しさに 眠られぬ夜をあかしかね ひとり寝の草枕に
夢さえ見ずにいたことよ) |
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と、打ち解けて下さる御様子は、ひとしお愛嬌あふれ魅力がいや増して言いようもないお美しさでした。その他にも、入道は数えきれないほど色々なお話を申し上げましたけれど、一々書くのもうるさいことです。それに、間違ったこともずいぶん書いてしまいましたので、愚かしく頑固一徹な入道の性格も、いっそう、むき出しにされたかも知れません。 |