管絃の遊びなどに面白く時を過ごされて、夜が次第に更けて行く頃。源氏の君は、ひどく酔いすぎて苦しそうなふりをなさって、それとなく席をお立ちになりました。 寝殿には女一の宮、女三の宮がおいでになります。源氏の君は東側の戸口に行かれ、戸に寄りかかって坐っていらっしゃいました。 藤の花はこの御殿の東側あたりに咲いていましたので、御格子などは皆上げてあって、女房たちも御簾
の際きわ に出ていました。御簾の下から女房たちの袖口が出ているのが、踏歌とうか
の時の出いだ し衣ぎぬ
のような感じで、わざとらしく派手に御簾の外へはみ出しているのも、今夜のような内輪の宴には、ふさわしくないおゆに御覧になるのでした。それにつけても、まず藤壺の御殿の奥ゆかしさを思い浮かべられるのでした。 「気分が悪いところへ、無理矢理お酒をひどく勧められてしまい、苦しくて困っています。恐れ入りますが、こちらの姫宮様なら、少し物陰にでも隠していただけるでしょうか」 とおっしゃって、源氏の君は妻戸の御簾を引きかぶるようにして上半身を部屋の内へおさし入れになりますと」 「まあ、困りますわ。身分の低い者なら高貴な御縁故に頼ったりするとか聞いていますけど」 と、言う様子を御覧になると、重々しくはないものの、並々の若女房たちなどではありません。いかにも高貴な風情のある様子がありありとわかります。空薫物そらだきもの
の香りが、部屋の内に煙たいほど匂っていて、衣きぬ
ずれの音も、ことさらはなやかに聞こえるように振る舞っています。奥ゆかしく深みのある雰囲気は欠けていますものの、現代風な派手好みのお邸ですから、高貴な女宮の方々が御見物なさるのに従って、姫君たちもこの戸口の向こう側に座を占めていらっしゃるのでしょう。 場所柄それ以上の不躾ぶしつけ
なことは差し控えるべきなのですけれど、源氏の君は、さすがに興をおさえきれず、あの朧月夜の姫君はどのお方だろうかと、胸がときめいてきて、 「扇を取られて辛から
き目を見る」 と、わざと間のびのした声で催馬楽の替え歌を謡って、下長押に寄りかかっていらっしゃいました。 「変な、変わった高麗人こまうど
ですこと、帯ではなくて、扇を取られたなんて」 と、答えるのは、わけを知らない人なのでしょう。何も言わないで、ただ時々ため息のつく気配のするあたりへ、源氏の君は身を寄せて行って、几帳きちょう
越しにつとお手をとらえて、 |
梓弓あずさゆみ
いるさの山に まどふかな ほの見し月の かげや見ゆると (あの有明の朝 ほのかに見た月に 似たあなたに ふたたびめぐり逢えるかと
さがし迷っているわたし) |
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「なぜでしょうか」 と、当て推量におっしゃいますと、中ではとてもこらえ切れないのでしょう、 |
心いる
方かた ならませば 弓張ゆみはり
の 月なき空に 迷はましやは (真実愛しているなら 弓張月のない闇夜でも 迷うことなどあるかしら 真直ぐわたしを探しあてて
来られましょうに) |
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と、言う声が、まさしくあの朧月夜の女君なのでした。それはもう、嬉しくて飛び立つ思いなのですけれど。 |