源氏は十八歳になっている。おこり
(マラリア) をわずらった源氏は、三月の末、北山の験力のある行者のところに、加持を受けに行く。そこで、ある僧都の庵に祖母と身を寄せていた十歳くらいの美しい少女に出会う。 少女が永遠の恋人の姪だとわかり、俤
の似ていることに惹かれて、強引に略奪して自分の邸二条の院に連れて来て育てるようになる。この少女こそ源氏の終生の伴侶となって、添い遂げる紫の上である。 年よりも無邪気な若紫の天真爛漫なあどけなさと可愛らしさを、紫式部は、筆を惜しまず書ききっている。これは式部に女の子が一人生まれていたことと無関係ではないだろう。美貌で才女で長じては後冷泉天皇の乳母になり、大弐だいに
の三位さんみ と呼ばれ、母より出世した賢子の、幼時の姿を写したと見ていいのではないか。紫式部は子供を書く時、特に筆が冴えている。 まだお人形遊びにうつつを抜かす少女の相手をしてやりながら、源氏は少女の成長を気長に待つ構えでいる。 この話しと並行して、この帖には、里帰りした藤壺とのやるせない一夜の密会が描かれ、その結果として藤壺の懐妊という重大な問題がかかげられている。 藤壺との密会は王命婦おうみょうぶ
という女房の手引きによる。この件りに、 「宮もあさましかえいしをおぼしいづるだに、世とともの御もに思ひなるを、さてだにやみなむと深うおぼしたるに」 という藤壺の述懐がある。浅ましかったあの夜のことを思い出すさえ辛いににという表現によって、二人の密会が、すでに過去に成就していたことが、ここではじめてはっきり示されている。 この夜、藤壺は決して、冷たい態度ばかりを示したわけではないことも、紫式部は書き忘れていない。藤壺は老帝よりも自分に年の近い、若く美しい源氏と、その激しい情熱のしぶきに、心の底では抗い難い魅力の虜になっていたのである。 もちろん、藤壺は妊娠を源氏には告げず、帝の子として一世一代の嘘をつき、懐妊の月をいつわる。 源氏は夢によって、藤壺の懐妊を感知して、いっそう藤壺への思いをつのらせる。 若紫のことは、こんな重大事件をかかえながら、同時進行するのだから、藤壺の悩みの深刻さには、源氏の悩み方は、ほど遠いとも言える。 ここに来て、
「源氏物語」 の面白さは、いよいよ魅力的になってくる。 |