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2015/11/27 (金) | 空 蝉
(八) | 小君はあちらからもこちらからも、叱られてばかりなので、やりきれなく思いながら、あの源氏の君の、お手習いのように書いたお手紙を取り出して渡しました。 姉君もさすがにそれを手に取って見ます。あの藻抜けの殻の薄衣の小袿を、まさかお持ち帰りになったとは。まあ、どうしよう、あれは
<伊勢をの海人 の捨て衣>
のように、どんなにか塩たれていたことだろうにと心は千々に思い乱れてくるのでした。 西の対の娘も、何となくうら恥ずかしいような気持で、自分の部屋へ帰って行きました。誰もあのことを知っている人もいないので話すことも出来ず、一人もの思いにうち沈んでいます。 小君がしきりに、あちこち行き来している姿が目に入るにつけても、もしやあの方のお手紙ではと、胸が切なくなりますが、源氏の君からはあれっきり、お便りもありません。 それをあんまりなお仕打ちだとも思わず、人まちがいされたなどとは思い当たるすべもないので、色っぽい気分にも、さすがに何となくもの淋しい思いでいることでしょう。 一方、あくまでつれない女も、一応さも平静そうに思いを抑えこらえているものの、どうやら思いの外に深く真実らしいお気持が身にしみるにつけ、もしもこれが夫のいない娘の頃だったならと、今更、過ぎ去った昔を取りかえしようもないままに、源氏の君への恋しい気持が忍びきれなくなり、いただいたお手紙の端に、人知れず書きつけるのでした。 | 空蝉うつせみ
の羽は に おく露の 木こ
がくれて しのびしのびに 濡れる袖かな (薄い空蝉の羽に置く露の 木の間にかくれてみえないように 私も人にかくれて忍び忍んで
あなたへの恋のせつなさに ひとり泣いているものを) |
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| 源氏物語
(巻一) 著:瀬戸内 寂聴 ヨリ |
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